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バーンスタイン生誕100周年記念!UHQCDと映像で振り返る名盤シリーズ〈75タイトル〉

カテゴリ : Classical

掲載: 2018年05月17日 12:00

バーンスタイン

2018年に生誕100年を迎える20世紀を代表するカリスマ音楽家バーンスタイン。カラヤンと人気を二分したスターで、そのカリスマ性で多くの人に愛されました。アメリカが誇る最大の音楽家の一人であり、アメリカ生まれの初の世界的指揮者にして作曲家、ピアニスト、教育者、司会者とマルチなタレントを発揮した天才音楽家でした。
メモリアル・イヤーを迎える2018年に、作曲家兼指揮者の魅力が味わえる2枚組ベスト盤と話題のUHQCDで復刻された代表的名盤50タイトル、バーンスタインの名演奏などが収められた映像24タイトルが発売されます。
CDの仕様は高音質CDとして今話題のUHQCDを採用し、これまでにない高音質で名曲の名演奏がお楽しみ頂けます。

バーンスタイン
© Susesch BAYAT / Deutsche Grammophon

バーンスタインの生涯

誕生    1918年8月25日、ユダヤ系移民の両親のもと、米マサチューセッツ州ローレンスにて長男として生まれる。
    (父は美容器具の販売の仕事をしており、両親は特に音楽家ではない)
10歳    叔母からピアノを譲られレッスンをはじめる。
ボストン・ラテン・スクール入学。超エリート校で厳格な教育を受ける。
13歳    5月、初めて生のオーケストラを聴き興奮。
15歳    「カルメン」のパロディ版を上演。
18歳    ハーヴァード大学へ進学。在学中は音楽評論、ピアノ演奏などの活動を行う。
    1月、指揮者のディミトリ・ミトロプーロスと出会い、強い影響を受ける
19歳    マサチューセッツ州交響楽団とラヴェルのピアノ協奏曲を共演。
    11月、作曲家のコープランドとの対面が叶う。生涯にわたり親交が続く。
1939年    ハーヴァード大学を卒業。
    指揮者ミトロプーロスから「指揮者になるべきだ」といわれ、カーティス音楽院で学びはじめる。
1940年    タングルウッドで指揮者クーセヴィツキーに師事。
1941年    カーティス音楽院を卒業。
1942年    NYに活動の場を移すがフリーのアルバイトのような生活を送る。
1943年    8月ニューヨーク・フィルの副指揮者に任命される。
    11月14日、急病のブルーノ・ワルターの代役で急遽ニューヨーク・フィル定演を指揮し、大成功をおさめる。
1944年    自作の「エレミア」がニューヨーク音楽批評家サークル賞を受賞。
翌年に録音し作曲家としても活躍が目立つようになる。
1945年    8月ニューヨーク・シティ交響楽団の音楽監督に就任。
1946年    ヨーロッパ・デビュー。
1947年    イスラエル・フィルを現地で指揮(当時の名称はパレスチナ響)。
戦火にさらされたイスラエルの地を巡演し、以降友好関係が続く。
1950年    ブロードウェイ・ミュージカル「ピーター・パン」を発表。ブロードウェイ作品も次々と発表。
1951年    フェリシアと結婚。
1951年    ブランディス大学教授に就任。
1953年    12月、アメリカ出身の指揮者として初めてオペラの殿堂ミラノ・スカラ座の指揮台に立つ。(カラスと共演)
1954年    マーロン・ブランド主演の名画『波止場』音楽を担当(ミュージカル映画を除いて映画音楽はこの作品のみ)。
    11月、バーンスタインが名曲を解説するテレビ番組「オムニバス」の放送が開始し大きな話題となる。
1956年    ブロードウェイ・ミュージカル「キャンディード」を発表。
1957年    ブロードウェイの歴史を変えた「ウェスト・サイド・ストーリー」が公開、大ヒットし、ブロードウェイの寵児となる。
1958年    ニューヨーク・フィルの音楽監督に就任。「ヤング・ピープルズ・コンサート」がテレビ中継され、脚本・司会・指揮をつとめるバーンスタインとニューヨーク・フィルは人気者となった。
1966年    作曲活動に専念するため、ニューヨーク・フィルの音楽監督を辞任する。ニューヨーク・フィルから桂冠指揮者の称号を与えられる。以降ヨーロッパの楽壇にあがることが多くなり、ウィーン・フィルとの関係が深くなる。
1971年    ワシントンのケネディ・センターのオープニングのために作られた「ミサ曲」が完成。
途中にロックやポピュラーなど様々なジャンルの音楽が挿入され彼の代表曲として位置づけられる。
1973年    ハーヴァード大学の名誉ある「エリオット・ノートン講座」を受け持つ。
1972年    ドイツ・グラモフォンと最初の録音を行う。ウィーン・フィルやイスラエル・フィルとの録音を開始する。
1978年    妻フェリシアが癌で亡くなる。別居中でボーイフレンドと生活していたため罪悪感に苦しむことになる。
1979年    ベルリン・フィルを初めて指揮する。これが生涯で一度きりのベルリン・フィルとの演奏となる。
    (マーラー:交響曲第9番)
    2度目のマーラー交響曲全集の録音に取り組み、素晴らしい録音を遺すこととなる。
1989年    ベルリンの壁崩壊を祝う「第9交響曲」を指揮する。
1990年    6月、札幌で第1回目のパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)をスタートさせる。バーンスタインはロンドン響との日本公演中に体調を崩しアメリカに緊急帰国した。
    8月19日、生涯最後となるコンサートを指揮。(ボストン交響楽団とのベートーヴェン:交響曲第7番)
    10月初頭に指揮者引退を宣言し、10月14日にニューヨークの自宅で亡くなる。


「ウェスト・サイド・ストーリー~バーンスタイン超定番ベストPREMIUM」(2枚組 UHQCD仕様 税込\2,160)
アメリカが誇る最大の音楽家の一人であり、作曲家、ピアニスト、教育者、司会者とマルチなタレントを発揮した天才音楽家バーンスタイン。今作はそのバーンスタインの自作自演とクラシック超名曲の演奏を聴くバーンスタインの魅力が詰まった2枚組の究極のコンピレーションです。

UCCG-90746


「バーンスタイン名盤UHQCD」シリーズ (50タイトル)

20世紀楽壇でカラヤンと人気を二分したスター指揮者、レナード・バーンスタイン(1918.8.25-1990.10.14)。熱い感情迸る魂の演奏は、多くの共感を呼び、カリスマ的な支持を得て多くの人に愛されました。生誕100年を記念して50タイトルをUHQCD、さらにグリーン・カラー・レーベル・コートと音質にこだわった仕様で限定発売します。
・UHQCD仕様
・グリーン・カラー・レーベル・コート
・初回限定盤

自作自演盤 (4タイトル)

ドイツ・オーストリア系(25タイトル)

 

 

 

 

 

 

マーラー(10タイトル)

 

 

アメリカ・ロシア・その他ヨーロッパ(11タイトル)

 

 

バーンスタインDVD名盤選(24タイトル)
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