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対談 一柳慧×山下洋輔

────『EXPERIMENTAL SOUND, ART & PERFORMANCE FESTIVAL』をご存知だろうか?

タイトルからすると、いまひとつぴんとこないかもしれない。音楽ではなく、サウンドと言う。サウンドと言ったうえで、アートとパフォーマンスと併置する。そこがポイントだ。たとえば、「音楽」と呼ぶことで生まれてしまうジャンル分け、閉域が、ここではずらされている。

トーキョーワンダーサイトはこんなふうにHPに記している───「東京から新しい芸術文化を創造・発信するアートセンターです。視覚芸術と音楽の両面にわたって、若手アーティストを支援・育成しています。同時に、創造的な国際交流の拠点としても機能していて、ジャンルをこえたアーティストを国外から迎えたり、海外の大学やアートセンターとも連携しながら、共有の価値を創造することを目指しています」

なるほど。だから、このフェスティヴァルもあるし、アンサンブル・モデルンを迎えてのワークショップもおこなわれる、というわけだ。

それを踏まえたうえで、審査員となっているお二方から、フェスティヴァルについて、お話をうかがってみよう。

山下洋輔氏(以下、山下):審査員をやるのは今年でまだ2年目なんですが。いやぁ、とても面白い!とんでもないものが次から次へ出てくる。結構よろこんで、笑ったり驚いたりしながら観ています。こういう作品が一堂に会して観られるのは、他に例がない。仕事とか役割を忘れて、むしろ僕自身の創作活動、芸術体験として面白がっています。ですから、できるだけ出かけていって「面白いね。どうしてそんなこと考えたの?」と話をしたい。

一柳慧氏(以下、一柳):こういうことを今日本でやっているのは、ここだけなんですよね。タイトルに「エクスペリメンタル」とあり、訳せば「実験的」となりますが、僕はむしろ「先端的」と言った方がいいと思っています。先端的なフェスティヴァルは普通のところでも行なわれているけど、その場合はいわゆる現代音楽とか現代美術という括りのなかでやっている。現代音楽でもある程度の予測は立つわけです。それと較べて、ここでは確実に次元が違う。予測できないようなものが出てくる。そこが面白い。つまり実験性や先端性も、過去のイメージのそれだけではなく、伝統とか、民族性とか、身体性などの問題が含まれるようになると、いろんな新しい可能性が見えてくるように思います。もうひとつの特徴は分野を横断していること。しかも、例えばアクションとか音楽における演技だとか、かなりはみ出したものも含まれている。だから、どうやって選ぶのかと言われるととても難しい。少なくとも判断のベースにあるのは、現代音楽のフェスティヴァルにはないものであること。より具体的に言うと、技術よりもコンセプトを重視するということになりますか。

山下:元祖過激派が審査員長ですからね(笑)。あっと驚くものがウケがちです。僕なんかはとくに(笑)。僕は自分が知りたいんです。彼らがどうしてこういう表現方法を選んだのか、どうしてこういう作品になったのか。日常的にこういうことをやっても、みんなが見てくれる場は少ない。そこにこのフェスティヴァルがあって、「あそこに出してみようか」と表現者たちが思ってくれる、それがとても嬉しい。

一柳:音楽作品を審査する場合、普通どうしたって譜面が出てきますけど、このフェスティヴァルでは、それが適切な言い方かはわかりませんが、即興的な要素が含まれている。だから、山下さんに協力をお願いしたんです。不確定性とか偶然的なものは譜面にあまり依存しない。技術を積み重ねていって何かをつくる、何かに到達するのではなく、どっちかというと一回性に焦点があたっているものが多い。そこが面白い。予選審査のときに、インタヴューをして、映像をみたり、音を聴いたり、いろいろしましたけど、予選通過した組も本選になってガラっと変わっちゃう。かなり大幅に変わるだろうし、ちょっと想像のつかないような途中経過を見せてもらいました。その辺が、すでに作品が完成していて、エクリチュールを最初に審査するという普通のやり方とは違いますね。

山下:国立音大にはジャズコースというのがあるんですが、そこで教えた作曲科の学生ですごく上手くなった子がいまして、卒業してから偶然会ったんです。スーパーで(笑)。「どうしてんの?」って言ったら、「美大に入りなおして、そこの連中と一緒に新しい表現を見つけているところです」と言われて、「なんだ、このフェスティヴァルと同じじゃないか!」と。やっぱりそういう人がいるんです。そういう傾向にどんどんなっていくでしょうね。音大で作曲を勉強し、ジャズも知っているけれども、さらなるものを求めると美術にいくのかな。美術界って、昔から一番過激なジャンルですよね。私がピアノを燃やせたのも、あれは美術界だったからですね(笑)。音楽の世界であんなことやるって言ったら、絶対ダメでしょう。美術からの影響、美術との結びつきがどういう可能性を持つのかまだまだ未知数だと思います。

一柳:先端的であるということと、ジャンル同士が横断的に関わっていくということを先ほど申し上げましたが、もう一つ必然的に出てくる問題としては、コンピュータ・エレクトロニクスです。これは時代の反映として、今の若い人にとっては、僕がピアノを弾いていたのと同じ感覚でそういうものを扱っていると思いますから、当然表現に濃厚に関わってくる。すると、いまおっしゃったように、音楽と美術とか映像の分け隔てはなくなってくる。全部同じ次元でとらえるということになる。審査を通過した作品の多くはそういう感じです。なかにいくつかアコースティックなものもありますけど、それはこういう状況のなかでのアコースティックですから、普通の場合とはだいぶ考え方が違っていて、そういう面白さもあると思います。

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年03月12日 18:31

更新: 2010年03月23日 18:23

ソース: intoxicate vol.84 (2010年2月20日発行)

司会:小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)

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