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ジョン・アダムズ インタヴュー

現在、クラシック界で最も高い人気を誇る作曲家のひとり、ジョン・アダムズが2005年にサンフランシスコで初演したオペラ『ドクター・アトミック』。人類初の原爆実験となった、1945年7月16日トリニティ実験の前夜を舞台に、〈原爆の父〉ことロバート・オッペンハイマー博士の葛藤と苦悩を描いた作品だが、ヒロシマとナガサキを持つ我々日本人と深い関わりを持つテーマにもかかわらず、国内では未だに上演のメドが立っていない。アムステルダム再演版を収録した国内盤DVD発売を機に、作曲者のアダムズに話を伺うことにした。

──オッペンハイマーをオペラの主人公にするというアイディアは、2006年までサンフランシスコ歌劇場総監督を務めていたパメラ・ローゼンバーグから出たとか。

「『オッペンハイマーで書いて』と強制は受けませんでしたけどね。当時、もうオペラは書かないつもりだったのですが、彼女が「〈アメリカのファウスト〉をテーマにしたオペラ、例えばオッペンハイマーを主人公にするのはどうか」と提案してきたのです。〈ファウスト〉というテーマからすると、オッペンハイマーは少し違うな、と思いましたが、ヒトラーから世界を救おうとする科学者が結果的に原爆を生み出してしまった、という側面には興味を覚えました。そこで資料を漁り、題材を掘り下げていったのです」

──サンフランシスコの世界初演を聴いた時、最後にヒロシマとナガサキを連想させる日本語が流れてきて衝撃的でした(注:DVDにも収録)。その時、聴衆にわざと日本語の意味を説明しませんでしたね。

「この作品に登場する科学者や軍人は、日本人を〈人間〉ではなく、単なる〈攻撃目標〉としてしか見ていませんでした。非常に恐ろしいことですが、戦時下では起こり得る状況です。言うまでもなく、ほとんどのアメリカ人は日本語を解さない。だから、言葉が通じない人間に対して、原爆を落とすことが可能になる。相手を同じ〈人間〉として見ていないということですからね。そこで、意味を知らせずに日本語の声を流せば、おそらく聴衆はショックを受け、動揺するだろうと考えました。初演後、やはり大勢の聴衆が日本語の意味を知りたがった。そこで、初演以降の上演では日本語の意味を字幕で説明することにしたのです」

──言葉という点では、この作品には実に多くのテキストが引用されています。軍の機密文書や科学者の書簡、オッペンハイマーの愛読書『バガヴァッド・ギーダー』やボードレールの詩……。これらは物語の背景と密接に関係していますが、オッペンハイマーの妻キティが歌う詩人ミュリエル・ルーカイザーの詩は非常に難解ですね。

「実は(ルーカイザーの引用を決めた)ピーター・セラーズの台本には、100%同意しているわけではないのです。そう、確かに彼女の詩は難解です。作曲から5年経ちましたけど、いまだに詩の意味に確信が持てない(笑)。セラーズは彼女の詩を用いることで〈女性の力強さ〉を盛り込もうとしたのです。難解であろうがなかろうが、それは二次的な問題だった。そこで私は、彼女の詩を歌うキティを、神話に登場する〈予言者〉として描きました。ギリシャ神話に登場するカッサンドラのようにね。大概の場合、予言者というものは単純な言葉を発しない。『オイディプス王』のティレシアスのように、謎めいた言葉遣いをします」

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カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2010年12月09日 11:19

更新: 2010年12月09日 14:26

ソース: intoxicate vol.88 (2010年10月10日発行)

Interview&text:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

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