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これからの 「音楽」の話のために

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年01月31日 22:51

更新: 2011年02月01日 17:41

ソース: intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)

text:若林恵

情報化社会という夢

2010年をざっと思い返してみると、情報テクノロジーに関する話題と、そこからハミだしていく何かに関する話題とに、交互に振り回された1年だった。クリス・アンダーソンの『フリー』、iPad、ツイッターといった話題が前者で、後者としては南アの美術家ウィリアム・ケントリッジの作品や、同じく南アでのワールドカップや、マイケル・サンデルの『これからの正義の話をしよう』や、何人かのミュージシャンが個人的にはインパクトがあった。前者はおもに最新テクノロジーによる社会変革を語り、後者は身体や理念といったより根源的な何かを通して変わりゆく世界の姿かたちを語りかけていたように思う。

ライター・編集者として情報産業の端っこにぶらさがっている身としては、新たな情報テクノロジーの普及は他人事ではなかった。それが情報の民主化を謳い、〈ひとり=1メディア〉という状況の到来をことさら予言している以上、それはダイレクトに自分の仕事に関わってくる重大問題なのだが、具体的には、「ツイッターやらないの?」という質問を通して、この問題は1年間ぼくを悩ませ続けてきた。今のところツイッターをすることなく1年を終えられそうだが、やるべき理由はいくらでもみつかるのに、やらない理由を探すのには結構な苦労をした。

感覚的にいってしまえば、「だって、うさんくない?」の一言に尽きてしまうのだ。テクノロジーそのものというよりも、それをめぐる言説がだ。クリス・アンダーソンの『フリー』は、結局のところ肉を切らせて骨を絶つといった程度の儲け話としか読めなかったし、MySpaceやツイッターや電子書籍が「世界を変える」といった類の書籍も、ちらと目を通した限りにおいては、あまり説得的とは思えなかった。難癖のように聞こえるかもしれないけれど、MySpaceのすごさを例証するために引き合いに出されるのが、アメリカのバンドHollywood Undeadだったりするのは呆れた話で、Myspaceがもたらした最良の成果が本当にHollywood Undeadなのだとすれば、その価値はたかが知れてるというべきだろうし、単に事実として引き合いに出しただけというならば、結局のところ書いている本人にさえも情報テクノロジー革命とやらに感覚的な裏づけがないことを明かしてしまってはいないか。

むしろ、雑誌『THE NEW YORKER』でポップ社会批評家のマルコム・グラッドウェルが、『フリー』やSNSを批判したエッセイ※1や、U2のマネージャーがUK版の『GQ』に寄せた、音楽のフリー化がいかに間違っているかを論じた、いわば反動的な言説※2のほうがよっぽどリアルでシンパシーを覚えたし、刊行から15年を経て文庫化されたにもかかわらず、まったく鮮度を失うことなく2010年の時評としてさえ読むことができた、社会学者・佐藤俊樹の『社会は情報化の夢を見る』のほうがはるかに説得力があった。

「情報テクノロジー革命」にまつわる言説が、オオカミ少年のごとく何十年にもわたって繰り返されてきた歴史を紐解き、それが近代社会に宿命的に組み込まれていたプログラムであったことを説き明かす本書は、実体のない情報革命礼賛に辟易していた身には、かなり強力な解毒剤となってくれた。ついでに言うと、21世紀の現人神として君臨するスティーブ・ジョブスの、ますますもって鼻につくユートピア志向や福音主義を理解するうえでの重要なヒントを与えてくれたことも有益だった。

といってこの本が、その情報革命の〈夢〉から覚醒するための道筋を教えてくれるわけではない。逆に、そこから自由になるすべはないとするのが結論であって、せいぜいぼくらにできるのはその不自由さを冷静に見つめることくらいしかないと語るのは、いかにも暗澹たるメッセージだが、少なくとも何かを漫然と期待しながらスマートフォンを弄んでいるよりはマシなようにも思える。

※1
Malcom Gladwell『Priced to Sell. Is free the future?』
http://www.newyorker.com/arts/critics/books/2009/07/06/090706crbo_books_gladwell

Malcom Gladwell『Small Change. Why the revolution will not be tweeted』
http://newyorker.tumblr.com/post/1211007406/the-revolution-will-not-be-tweeted-malcolm
 (GQ Japan 2011年2月号に訳文掲載)

※2
Paul Mcguinnes『How to save the music industry』
http://www.gq-magazine.co.uk/entertainment/articles/2010-08/13/gq-music-paul-mcguinness-on-music-piracy/file-sharing-on-spotify-and-piracy

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