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東京 春 音楽散歩──音楽のある〈場所〉

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年03月22日 16:18

更新: 2011年03月22日 17:28

ソース: intoxicate vol.90 (2011年2月20日発行)

text:小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)

この文章を書いているのは2月のはじめ。まだコートとマフラーは必需品だし、ひとによっては手袋やマスクも手放せない。文字が組まれ、ひとの目にこのページがふれるときにも、まだ、春はとおく感じられるだろうか。

「気象の異変が世界を襲っていますが、夏から秋、晩秋から冬、そして春、季節の移ろいが、日々の暮らしに過ぎ去っていく時間に、喜びや悲しみの彩りをもたらしてくれています。四季の移ろいは、音楽そのもののような気がします」

「東京・春・音楽祭—東京のオペラの森2011—」のちらしにある文章、冒頭から引いた。

春なら春、夏なら夏という季節ではなく、季節から季節への移ろいを「音楽そのもの」と捉えているところに立ちどまってみる。ひとつところにとどまっているようでも、けっしてそんなことはなく、つねに変化してゆくありようが「移ろい」で、それは季節と音楽がおなじ時間のながれのなかにあることを教えてくれる。あわせていうなら、ひとの生も、だ。

今年、7年目を迎えるこの音楽祭、わたしがいつもおもしろいとおもっているのは上野という場所での開催にある。駅前の東京文化会館を中心にしながら、線路を線対称として、旧東京音楽学校奏楽堂と上野学園 石橋メモリアルホール。あいだに、音楽が奏でられることがかならずしも想定されていたわけではない美術館(国立西洋美術館、上野の森美術館)、博物館(東京国立博物館、国立科学博物館)。

©青柳聡

都内もしくは都市近郊に〈いい〉ホールはいくつもある。いろいろな音楽家が、それぞれの場所で演奏し、そこに行く。目的は音楽家が中心。〈どこでやる〉、は二の次だ。でも逆があってもいい。ましてや、「音楽祭」なら、「祭り」なら、そうだ。しかも春、だんだんと大気があたたかくなってきて、マフラーやコートももいらなくなってくる時期、桜のつぼみがふくらんでくる3月後半の上野。

もし寒い時期なら、コンサートなり美術展に、足早にはいってしまうことだろう。でも、たとえば、だ。気候が良ければ、国立西洋美術館と東京文化会館、道を隔てて建つ二つの近さ、調和に気づくこともできる。UNESCOの文化遺産に申請をしている前者はル・コルビュジエによる設計案で、本来はホールなどの施設もあわせてつくられる予定だった。建築家が亡くなった後、弟子筋の人たちが美術館を完成することになるのだが、そのひとり前川國男はむかいの東京文化会館をも手掛け、本来のではないけれど、二つの建物によって美術/音楽のひとつながりのある場所をつくりだしたといえる。

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