こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

キャプテン・ビーフハートと ミック・カーン

カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年04月19日 21:17

更新: 2011年04月20日 16:24

ソース: intoxicate vol.90 (2011年2月20日発行)

text:畠中実

キャプテン・ビーフハートと ミック・カーン
────非凡さへの意志とでもいうもの
        ふたりのミュージシャンの急逝を悼む

わたしたちが、ある音楽を初めて聴く時に、その音楽以前に既知のジャンルや分類と照合することによってそれを認識している、というのも一面では真実であろう。そして、わたしたちの指向性というものも、そうした参照軸にしたがって形成、補完されていたりもする。しかし、既存の分類や参照というものを受け付けない、これまでに似たものの存在しないような、唯一無二の音楽というものもある。たとえば、キャプテン・ビーフハートの音楽はそういうものだったにちがいない。

キャプテン・ビーフハートこと、ドン・ヴァン・ヴリート(以下:隊長)が昨年12月17日に亡くなった。最後のアルバムが、82年に発表された『烏と案山子とアイスクリーム(Ice Cream for Crow)』だから、以来28年もの長きに渡り音楽活動から引退しており、もっぱら画家として活動していた。その間、多数のライヴ音源や未発表音源などのリリースはあったものの、待望された音楽界への復帰は叶わなかった。

隊長の音楽とは、一体どんな音楽なのか。それが簡単かつ明解に説明できるとしたら冒頭の文章は嘘になってしまうだろう。1967年に発表されたデビュー作『セイフ・アズ・ミルク』では、ライ・クーダーがギターを弾いていたりして、ジャケットもサイケデリックな雰囲気で、同時代のバンドとそれほど違和感がなく、とりあえずまだブルーズをベースにした音楽をやっていた。たしかに、隊長の音楽には後々まで、一貫してブルーズのルーツに根ざしたものだと言える。しかし、69年発表の超問題作『トラウト・マスク・レプリカ』は、隊長の盟友フランク・ザッパをプロデューサーに迎え、不協和音、引き攣ったリズム、隊長の咆哮が充満し、ブルーズに前衛ジャズの要素などが混合され、隊長の評伝を書いたマイク・バーンズにならえば「二十世紀全体を見渡してもごくわずかしか例を発見できないような、真にユニークな音楽表現」であり、「それまでのロック界に、まったく存在していなかった技法で作られた二十一曲」を含む全二十八曲(語りだけのトラックもあるから)からなる二枚組の大作となった。だから、それはこれまでに例を見ない音楽として現われ、たとえバーンズがその中にブルーズに根ざした「アメリカ文化のさまざまな側面」としての多層な言語や音楽の現われが見いだせると言っているとしても、いま現在までもその座を譲り渡そうとはしないのだ。ザッパのアルバムを多く手がけていたカル・シェンケルによる印象的な、というよりは衝撃的な、隊長の顔が鯉(鱒ではなく)になっているジャケットと相まって、そのインパクトを超えるものにはなかなかお目にかかれるものではない。

次のページへ

インタビュー