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冨田勲──惑星と人生へのレクイエム(2)

今回特に注目を集めているのが、ホルストの原曲にはない冨田のオリジナル曲が追加されたことだろう。木星と土星の間に差し込まれたその曲のタイトルは《イトカワとはやぶさ》。言うまでもなく、日本の惑星探査機はやぶさが小惑星イトカワのサンプル採集のために7年の歳月をかけて60億キロの旅を成し遂げた昨年の歴史的快挙を題材にしたものである。もちろん冨田も、ニュース報道をきっかけにこの曲を作ったのだが、しかしそれは同時に、彼がかつて深い親交を持った故・糸川英夫博士(日本の宇宙開発の先駆者)の人生に対するレクイエムでもある。マッド・サイエンティスト的気質のあった糸川は、還暦を迎えてからバレエ団に入り、ちょうどできたばかりの冨田の『惑星』で踊ったこともあったというが、その変わったロケット博士こそが、「少年時代に防空壕から見上げた、グラマンを撃ち落すとんでもなく速い戦闘機はやぶさの設計者だった」と冨田が知ったのは、戦後だいぶたってからだったという。《イトカワとはやぶさ》は、わずか3分半ほどの静かな小曲だが、実にエモーショナルで、様々なイメージを想起させてくれる。モーグのリング・モジュレイターによる“カチカチ”という音には、真っ暗な大宇宙のただ中で懸命に帰還作業を続ける満身創痍のはやぶさの孤独な姿が表現されているようで、思わず目頭が熱くなってしまう。そして、この新曲の挿入によって、《土星》以下の終盤、いや『惑星』という組曲全体までもが違った意味合いを帯びてくる感じもするから不思議だ。「糸川さんだけでなく、手塚さんなど、人生で触れ合った様々な人たちに対する僕のいろんな思いを込めた」とDommuneで語った冨田も、今年で79歳である。

©JAXA

冨田勲は1932年に東京で医者の長男として生まれ、慶応大学文学部(美術史)在学時、全日本合唱連盟コンクールへの応募曲が1位になったのをきっかけに、作曲家としてのキャリアをスタートさせた。「思春期は戦争一色で、まともな音楽などまったく聴いたことがなかった」冨田が、医者の道を捨てて作曲家を志したきっかけは、戦後間もなくの高校時代、自作のラジオで進駐軍放送を聴きだしたことだった。様々なポピュラー音楽と共に彼がとりわけ惹かれたのは、ドビュッシーやラヴェルなどのフランス近代音楽(印象派)やストラヴィンスキーなどであり、その音色や構造の不思議を解明したいと強く思うようなったという。

作・編曲家として瞬く間に売れっ子になった冨田は、わずか31歳で、NHK大河ドラマの第1回作品『花の生涯』の音楽担当に大抜擢され、以後、主にNHKを舞台に数々の名曲を作っていく。大河ドラマだけで5本も担当しているし、『新日本紀行』や『今日の料理』のテーマ曲は、耳にしたことのない日本人は皆無だろう。また『ジャングル大帝』や『リボンの騎士』といった手塚治虫アニメの音楽は、ディズニー映画のサントラを遥かに凌駕する本格的スコアで子供たちの度肝を抜いた。しかし、冨田の名に「世界の」という冠詞を付け加えることになったのは、やはり、シンセサイザーを使った70年代の作品群だろう。

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カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年06月30日 19:42

更新: 2011年06月30日 20:24

ソース: intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)

interview & text : 松山晋也

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