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特集

ラテンビート映画祭2011

映画『チコとリタ』

大人のための手描きアニメーション映画で、
芳醇なラテン・ジャズ・エイジを味わう

日々、ラテン世界は固有のリズムを刻み、第8回目を迎えたラテンビート映画祭に、今年も多種多様な新旧作品のラインナップが並ぶ。今回は、いかなる時代と人間社会の機微をあぶり出してくれるやら……。まずは、キューバを舞台とする2作をご紹介しよう。

革命10周年記念にあたり日本=キューバが共同製作した、黒木和雄監督の69年作『キューバの恋人』は、久々の上映。ハバナから東部サンティアゴに至る風景と人々の営み、フィデル・カストロやチェ・ゲバラ演説まで盛り込んだ、一種のロード・ムーヴィーだ。葉巻工場で働くマルシアに一目惚れ、執拗に追いまわすアキラを演ずるは、二枚目スターの津川雅彦。ところかまわずキューバ娘を口説くスペイン語力は、にわか仕立てとは思えぬ流暢さ。女兵士マルシアの口か ら、幾度となく革命の意義と恩恵について語られるが、今にしてみれば、ノンポリ日本人青年の無邪気な言動と政治観の欠如という対比が、この作品を政治プロパガンダ臭から救ってくれた。なんとバランス感覚に長けた監督か。

無名に近い監督が指名された背景には、日本キューバ交流協会の仲立ちがあった。組織の要は、音楽にも精通する伝説の麗しき女傑、山本満喜子さん。カストロやゲバラとも親交を持ち、司馬遼太郎が「日本海軍のオーナー」と称した第16・22代総理、山本権兵衛の孫にあたる女性だ。竹中労氏もまた、黒木を推した一人という。さまざまな日本人が革命樹立後のキューバ支援を試み、日本政府も62年に通商条約を締結。同年、対キューバ輸出入禁止措置をとり、経済制裁を発動した米国と違い、日本は適度に緊密な友好関係を保っていた。

他愛ないラヴ・ストーリーとはいえ、《グアンタナメラ》が主題歌に使われ、68年当時のキューバ国民の日常を随所に映す、なかなかに興味深いモノクロ作品と言えるだろう。

かたや、キューバ音楽ファンならずとも必見、最新アニメーション映画『チコとリタ』。温もりあふれるタッチと、ほの暗い抑えた色彩にうっとり。それもそのはず、監督はラテン・ジャズの奥義を知る名匠フェルナンド・トゥルエバと、スペインが誇るアート・クリエイター、ハビエル・マリスカルの最強コンビだ。音楽は映画『カジェ54』やCDでトゥルエバと関わりの深い、1918年ハバナ生まれの偉大なピアニスト、ベボ・バルデス。が、ベボの人生がモデル説を、監督陣は否定。若きベボの写真を設定の参考にしたものの、ベボやルベン・ゴンサレスに代表されるキューバの音楽家すべてがモデルだ、と断言する。

1940年代末~50年代のハバナ、ニューヨーク、パリ、ハリウッド、ラスベガスを舞台に、まるでボレロの歌詞をなぞったような、甘く哀しい恋物語が描かれる。チコはジャズをこよなく愛す若きピアニストで作曲家。リタは華やかな成功を夢見る類稀なシンガー。往時のラテン・ジャズ・シーンの錚々たるプレイ ヤーたち、マチート、マリオ・バウサ、ティト・プエンテ、チャノ・ポソ、ミゲリート・バルデス……さらには、ディジー・ガレスピー、ナット・キング・コール、チャーリー・パーカーも登場。チコのプレイをベボが担当して弾くほか、実在の歴史的音楽家と歌手を、それぞれ現役プレイヤーが演じているのが聴きものだ。おまけに、フラメンコの歌姫エストレージャ・モレンテも、歌を披露。

往時の風俗、各都市の色調や温度差を尊重した、限りなくモノトーンに近い、大人のための手描きアニメーション映画で、芳醇なラテン・ジャズ・エイジを味わいたいものだ。

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カテゴリ : Exotic Grammar

掲載: 2011年09月20日 02:00

ソース: intoxicate vol.93 (2011年8月20日発行)

text:佐藤由美

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