Inner Voices-内なる声

タイのアーティスト、アピチャッポン・ウィーラセタクンの監督映画『ブンミおじさんの森』(2010年、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞)は、死期の近づいたブンミおじさんのもとに、亡き妻の幽霊が現れたり、家出した息子が猿の精霊になって帰ってきたりする幻視的なおはなしだ。タイの東北部の村で農園を営むブンミおじさんのように、土地に根差した人は、自由に移動することがままならない。だが、おじさんは言う。「瞑想(メディテーション)ができるから、どこへでも行けるんだよ」と。
世界の不条理を、農を営む人や自然の近くに暮らす人は、季節の移り変わりのなかで身に沁みて知っている。そもそも誰もが、どこから来てどこへ行くのかわからない。なぜ生まれてきたのか、もし死ぬ瞬間にわかったとしてもそれを他者に伝えることはできない。そんな人生をどうにか乗り越えていくために、理屈の合わなさを逆手にとって、理屈を超えた楽しみの術を掘り起こすこともできるのが人間の力だ。
金沢21世紀美術館で開催中の展覧会『Inner Voices-内なる声』を見て、人が生まれるときは、何か内なる声に押し出されて、母の体の外へと飛び出してくるのではないかと思った。経済成長とともにグローバル化の波を受けてきた1960年代以降生まれのアジアの女性アーティストに着目し、人間の生の困難さと可能性の両面を探るメリッサ・ラモス、藤原由葵ら9名を紹介。いずれも、自己への縛りから自由になるために、既存の価値観や古い概念から抜け出し、もうひとつの現実を自らからつくり出そうとする作家たちだ。
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