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特集

The Records of Gustav Leonhardt/グスタフ・レオンハルトのレコード(4)

歴史的チェンバロとの出会い

ドイツ人の天才的なチェンバロ製作家マルティン・スコヴロネックとの出会いは、レオンハルト自身の人生にとっても、また、チェンバロ復興の歴史においても決定的なものとなった。スコヴロネックも最初はモダン・チェンバロを作ったが、1956年に初めて歴史的チェンバロを手がけた。その噂を聞いて電話をかけて来た初めての古楽器奏者がアーノンクールであった、という。

1962年にスコヴロネックがレオンハルトのために製作した後期フランダース様式の二段鍵盤のチェンバロ(モデルは、J.D.ドゥルケン、アントワープ、1745年)は、名匠スコヴロネックとしても出色の出来栄えの楽器で、これほど力強くかつ美しいチェンバロの音色は、それまで誰も聴いたことのないものであった。レオンハルトは、この極めつけの名器を用いて、バッハの主要なチェンバロ作品を、次々と両レーベルに録音(パルティータ、イタリア協奏曲、フランス風序曲、平均律クラヴィーア曲集第2巻、フーガの技法[以上DHM]、ゴルトベルク変奏曲、半音階的幻想曲とフーガ、ヨハン・クーナウの聖書ソナタ(全曲)[テルデック]等々)。そのスケールの大きさとニュアンスの繊細さを兼ね備えた演奏は、楽器の音色の素晴らしさと相俟って、古楽とチェンバロのファンを一気に増加させる原動力となった。

バッハ以外の作品のレコードも次第にその数を増やしたが、イギリスのヴァージナル音楽やその他の17世紀のレパートリーでは、もっと古いタイプのチェンバロも使われた。17~18世紀に製作されたオリジナルの名器による録音も時折行われたが、特にヨハネス・ルッカースの二段鍵盤(アントワープ、1640年)の響きの素晴らしさは筆舌に尽し難いものであった(『イギリスのヴァージナル音楽』、『フローベルガー/チェンバロ作品集』[何れもDHM])。また、小曲を集めたアンソロジー『3台の歴史的チェンバロ』(DHM)はイタリア、フランダース、ドイツなどのチェンバロを比較しながら聴くことが出来た。テルデックにも似たような企画のレコードがあったが、こちらの方は4台だった。

歴史的チェンバロを弾くようになって間もなく、レオンハルトは、その後彼のトレードマークとなった独特の演奏スタイルを確立する。和音を少し崩して弾くのはもちろんだが、右手と左手を微妙にずらしたルバート感のある演奏は、それまでのモダン・チェンバロによる演奏には見られないものであった。このような演奏スタイルは、チェンバロ音楽の基礎となったヴァージナル音楽やフレスコバルディ、フローベルガー、ルイ・クープランの、リュート様式で書かれた音楽を美しく響かせるために工夫されたものである。チェンバロのための音楽は、リュート音楽を手本にしてスタートしたのである。このような弾き方は、タッチが軽くて浅く、反応が敏感で、音の減衰の速い歴史的チェンバロを美しくニュアンス豊かに響かせるためには欠くべからざるものであったが、ピアノ風に作られたモダン・チェンバロでは機能しないのである。今日では、ほとんどのチェンバロ奏者が、このような奏法を、レオンハルトの個人的スタイルとしてではなく、歴史的チェンバロの特性を活かすための方法として受け止め、広く実践しているのである。

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カテゴリ : BLACK OR WHITE

掲載: 2012年07月24日 14:58

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

文・渡邊順生(チェンバロ・フォルテピアノ奏者)

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