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特集

The Records of Gustav Leonhardt/グスタフ・レオンハルトのレコード(5)

バッハのカンタータ全集のスタート~黄金の70年代

1970年、いよいよテルデックによるバッハの教会カンタータの全曲録音という壮大な企画がスタートする。演奏は全て古楽器によるもので、アーノンクールとレオンハルトが分担し、200曲に及ぶバッハの教会カンタータをLPレコード90枚に収録する、という、レコード史上前代未聞のもので、音楽界に一大センセーションを巻き起こした。愛好家は当然、この企画を歓迎したが、古楽関係者の驚きもまた尋常一様ものではなかった。何しろ70年の時点では、バッハ時代の楽器にはまだ謎の部分も多く、復興が緒についていないものも少なくなかったのだから、無理もない話である。このような企画が、古楽復興の促進を後押ししたことは言うまでもなく、1980年、レオンハルトとアーノンクールはこの功績によって、文化のノーベル賞とも言われるオランダのエラスムス賞を共同受賞したのである。

1973年にはS・クイケンをリーダーとする「ラ・プティトバンド」という新しいバロック・オーケストラが結成された。この名称は、リュリが率いたヴェルサイユのオーケストラに因んだもので、レオンハルトはこの新しい楽団を指揮して、リュリ~モリエールの《町人貴族》とカンプラのオペラ・バレ《優雅なヨーロッパ》を録音した(何れもDHM)。レオンハルトとラ・プティトバンドのフランス・オペラ・プロジェクトはWDR(西ドイツ放送局)の協力を得てその後も続き、1977年にはラモーの《ザイス》(仏Stil)、80年には同じくラモーのオペラ・バレ《ピグマリオン》(DHM)が録音された。その斬新な響きの妙は古楽ファンから熱狂的に歓迎されたものである。

70年代には「セオン」という古楽専門の新しいレコード・レーベルも登場した。これは、テルデックで古楽の録音を担当していたプロデューサーのヴォルフ・エリクソンが興した独立プロダクションで、新しいレーベルをスタートするに当たり「古楽器によるモーツァルト」を売りにした。レオンハルトは、フォルテピアノを用いてモーツァルトのピアノ・ソナタやヴァイオリン・ソナタ(S・クイケンとの共演)を出し、C・P・E・バッハのアルバムではチェンバロ、フォルテピアノ、クラヴィコードという三種類の鍵盤楽器を弾き分けた。

今から考えると、この70年代は、「古楽」という音楽の新しい分野が市民権を確立しつつあった時期であり、世界中で「古楽器演奏の是非」や「歴史的正統性の可否」をめぐって喧しい議論が戦わされた。大上段に振りかぶった物の言い方をしないレオンハルトは、ランドフスカのように「私はバッハの流儀でやる」とは決して言わず、1977年にブリュッヘンやビルスマ、クイケン兄弟などオランダ・ベルギーの名だたる古楽器奏者を総動員して録音した《ブランデンブルク協奏曲》(セオン)の解説書の中で、次のように非常に微妙な言い方をしている。「ある偉大な精神とその時代のもつ思考の世界の内に没入しようとする演奏家だけが、それも、適切な技巧をすでに習得し、また、才能の神秘を自分でももっている場合にのみ、真なるものと純正なるものとを呈示しているという感銘を呼びさましうるのである」と。巧いこと言ったものだ。世間の喧噪から距離をおいて専ら自らの内なる世界を広げてきたレオンハルトならではの言葉である。その後、バッハ父子によるどちらもニ短調のチェンバロ協奏曲の再録音も行った(セオン)。

セオンにおけるレオンハルトの録音活動の新側面の1つは、オルガンの歴史的名器を使ったレコードが増えたことである。チェンバロ独奏曲では、バッハ(《イギリス組曲》、《フランス組曲》、《インヴェンションとシンフォニア》、特に素晴らしかったのはオリジナルのクリスティアン・ツェル[ハンブルク、1728年]を用いた《イタリア協奏曲》と《半音階的幻想曲とフーガ》)の他、デュフリやフォルクレなどの後期フランス物が注目を集めた。この時期、特別私たちを興奮させたのはブリュッヘンとの共演で、バッハ《フルートソナタ全集》、オトテール《木管楽器のための組曲集》、コレッリ《6つのソナタ》等であった。また、クイケン兄弟との共演によるバッハ《音楽の捧げ物》も特筆に値する。

一方DHMからも、バッハ《平均律クラヴィーア曲集第1巻》、《ゴルトベルク変奏曲》の3度目の録音、そしてバルバストルとアルマン・ルイ・クープランを弾いた後期のフランス音楽のアルバムなど、話題盤が目白押しに出た。なかんずく特筆に値するのは、ルイ・クープランの素晴らしいレコードと、オルガンとチェンバロによるフレスコバルディの《カプリッチョ》(全曲)であった。

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カテゴリ : BLACK OR WHITE

掲載: 2012年07月24日 14:58

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

文・渡邊順生(チェンバロ・フォルテピアノ奏者)

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