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特集

The Records of Gustav Leonhardt/グスタフ・レオンハルトのレコード(7)

より深みを増した晩年の演奏

1990年、ヴォルフ・エリクソンは、今度はソニー・クラシカルと組んで古楽の新レーベル「ヴィヴァルテ」をスタートさせ、以前に勝る勢いで古楽のCDの量産を始めた。レオンハルトも、何枚かのオルガン・アンソロジー、ヴェックマン、フローベルガー、フォルクレなどのチェンバロ独奏、彼が特に気に入っている3曲のバッハの教会カンタータなどを録音した。しかし、彼のこの時期の録音の中で特に重要なのは、1990年にスタートした、フィリップスによるエイジ・オヴ・エンライトゥンメント管弦楽団とのバッハの世俗カンタータ全曲録音の企画である。同じオーケストラを指揮したラモーの歌劇《レ・パラダン》からの管弦楽組曲という、楽しいおまけもあった。この、久方ぶりの大型プロジェクトは、残念なことに、フィリップスがレコード部門を閉鎖したために中途で頓挫してしまい、8曲のカンタータ(4枚のディスクに収録)のみに終わった。このほど、これらの世俗カンタータが《復活祭オラトリオ》、《昇天祭オラトリオ》と共に復活リリースされるのは誠に喜ばしいことだ。しかし、彼がフィリップスに録音したチェンバロ独奏の中で現在残っているのは最初のバッハのみで、その後に録音されたヴァージナル音楽やフレスコバルディ、パーセル、クープラン一族、クラヴィコード独奏など、彼の晩年の境地を示す名演のディスク群は依然としてカタログから消えたままである。出来るだけ早く、復活させて欲しいものだ。

晩年の演奏と言えば、2001年にボルドーの教会で録音されたオルガン独奏のディスクが、フランスのマイナー・レーベルであるアルファからリリースされた。私はプロデューサーのジャン・ポール・コンベとは以前から知り合いだったので、特別に嬉しい思いであった。レオンハルトはアルファでの録音を大変リラックスしながら楽しんでいたようで、その後、日本でレコード・アカデミー賞に輝いたフレスコバルディとルイ・クープランのチェンバロ独奏、バッハの世俗カンタータ2曲など、4枚が出た。特にウィリアム・バードのディスクは注目に値する。このディスクでレオンハルトは、16世紀後半にフランダースで製作されたクラヴィオルガヌム(オルガンとチェンバロを合体させた複合楽器)のレプリカという、たいへん珍しい楽器を弾いているのである。

©大窪道治 提供:トッパンホール

レオンハルトの死

2006年春、レオンハルトはリンパの癌にかかり、秋には危篤に陥ったが、奇跡的に回復し、その後は演奏にもますます深みを加えた。80歳の誕生日のパーティには、世界中から音楽関係者が参集し、オランダのラジオは毎日のように彼を祝福するメッセージを流し続けた。しかし近年は体調も思わしくなく、12月中旬、パリ北部でのリサイタルの後、突如引退を宣言してその後の演奏会の予定を全てキャンセルした。そして葬式の準備などを全て自らの手で整え、1月16日、アムステルダムの自宅で、家族のみに囲まれながら静かに逝った。享年83歳。一つの時代が終わった。

数日後、夫人から彼の逝去と葬儀の次第の通知を頂いたが、その最初のページにはカンタータ第106番の歌詞が印刷されていた。「神の時こそいと良き時。われらは神の中に生き、動き、また在るなり、御心に定めたもうかぎり。我らはまた良き時を得て、神の中に死ぬるなり、御心の定めたもうままに。……」(杉山好・訳)
その後、彼自身が自らの葬儀のために選んだ音楽がバッハの《ヨハネ受難曲》の最終コラールであったということを聞いた。この曲をすぐ頭の中で思い浮かべることの出来る人は、思わず眼を潤ませずにはいられないに違いない。

Gustav Leonhardt(グスタフ・レオンハルト)

古楽鍵盤楽器奏者、1928年オランダ生まれ。バーゼル(スイス)のスコラ・カントルムでチェンバロ、オルガン、音楽学を学んだ。20世紀後半に興った古楽の復興のパイオニア的存在としてチェンバロ、オルガン、フォルテピアノを演奏、指揮活動ではニコラウス・アーノンクールと共同で行った古楽器演奏によるバッハの教会カンタータ全曲録音が特によく知られている。鍵盤演奏の分野では、とくに歴史的チェンバロの意義と奏法にいち早く着目し、現代式のチェンバロとは大きく異なるその魅力を演奏者ないし教育者として広く伝えてきた。2007年には長年遠ざかっていた指揮活動に復帰。2011年12月にパリで引退公演を行い演奏活動から遠ざかっていたが、2012年1月16日、アムステルダムの自宅で亡くなった。

寄稿者プロフィール渡邊順生(わたなべ・よしお)

チェンバロ、フォルテピアノ及びクラヴィコード奏者、指揮者。第42回(2010年度)サントリー音楽賞受賞。一橋大学社会学部卒業。チェンバロをグスタフ・レオンハルトに師事。ブリュッヘン、ビルスマら欧米の名手達とも共演多数。チェンバロやフォルテピアノなどのCDをソニー、ALM等から多数リリース。『モーツァルト:フォルテピアノ・デュオ』(ALM)で2006年度レコード・アカデミー賞(器楽曲部門)を受賞。著書『チェンバロ・フォルテピアノ』も好評を得ている。


カテゴリ : BLACK OR WHITE

掲載: 2012年07月24日 14:58

ソース: intoxicate vol.98(2012年6月20日発行号)

文・渡邊順生(チェンバロ・フォルテピアノ奏者)

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