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カエターノ・ヴェローゾ生誕70年──1968年のブラジルのトロピカリアと今

カテゴリ : BLACK OR WHITE

掲載: 2012年10月02日 17:35

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

文・AYUO

1968年前後のフラワー・カルチャー、ヒッピー・ムーヴメントや左翼的な学生運動の時期は、どこの国にいて、何歳で体験したかによって全く別な経験になっていたはずだ。しかし、その後遺症は、どこの国に、その時期にいたとしても、なんらかの形で持っているはずだ。フィリップ・ガレルというフランスの映画監督は1968年のパリ革命の後遺症を引きずった世代の考え方を表現する映画を取って世界的に話題になっていた。ベルナルド・ベルトルッチの『ザ・ドリーマーズ』も同じく1968年のパリの学生達の生活を描いた映画だった。

僕は1968年にニューヨークにいた。学校の先生達は、ベトナム戦争に反対するために、小学校を閉鎖していた。学校が開いても、今までのアメリカの歴史は間違っているから、テキストを無視しようと先生たちが教えるようになっていた。中には中国から小学生が読める毛沢東思想の本を輸入する先生もいた。小学校、中学校、高校は、反戦運動の講義とディスカッションをやるための場所であって、実用的な事や大学受験の勉強などは全て後回しになっていた。新しい世代に政治教育をする事が何よりも重視されていた。中学生になって、算数のクラスで割算もやっていなかった事が、その時代の教育の影響の一つだということがやっと分かった。ベルトルッチの映画『ザ・ドリーマーズ』では68年のフランスの5月革命の時に、中流階級のインテリの白人の学生達がジャニス・ジョップリンやジミ・ヘンドリックスのレコードを聴きながら家で一日中ゴロゴロして、ドラッグをやって、毛沢東の本を読み、仕事をせずにデモにかかわることがカッコイイと思っている主人公達が出て来るが、この時代に、僕が見てきた人達にはこのような人達が多かった。だから、僕の世代は、他の世代よりも社会に出て行く事が、後に大変になった世代である。僕達は、上の世代と違って自分からドロップアウトしたかったわけではなかったのに、政治思想が何よりも重視されたので、自分の意思からではなく無理矢理にドロップアウトさせられた世代だったのだ。実用的な事が何も出来ず、口を開くと政治思想と議論しか出来ない人が社会の何の役に立つだろうか?

それと、日本とニューヨークでは、こうした左翼の学生運動は、全く別の意味を持っていた事に気が付いた。それぞれの国での第二次大戦争での体験が、学生達の政治思想に影響を与えていたのだ。三島由紀夫が書いていたように、日本の左翼と右翼は、同じようなものだったように、僕には思える。左翼はまずアメリカ帝国主義を批判している。しかし、アメリカでは、本来の民主主義はどうあるべきかというのが一つのテーマだった。映画『イージー・ライダー』等では、このテーマがはっきりと出ている。ロック・フェスのウッドストックの発想もそうだった。

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