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カエターノ・ヴェローゾ生誕70年──1968年のブラジルのトロピカリアと今(2)

“トロピカリアの全ては『狂乱の大地』を観たその日に、僕の中で形成された”

それでは、ブラジルではどうだったのか?

ヒッピーに影響を受けたファッションは世界中に同じように見えた。映像だけで、68年のブラジルを見ても、昨年公開されていた映画『ザ・ドアーズーまぼろしの世界』等に見ることができるアメリカの当時の格好に似ている。世界中の学生は兄弟に見えた。しかし、本当は兄弟ではなかった。ロング・ヘアとジーンズとTシャツのユニフォームだけが似ていた。

ラテン・アメリカの反体制の活動家にはまず反米の思想が伝統的にある。ブラジルでも、当時のニューヨークと同じく、毛沢東やチェ・ゲバラをヒーローとして讃えていた人達が多くいた。しかし、そういう人達とは、ちょっと違うところから始まった一つの芸術のムーブメントが1967年から69年にかけて存在した。それは、今年生誕70歳を迎えた一人の音楽家のカエターノ・ヴェローゾが最初に考えて、仲間を集めて作ったトロピカリアというムーブメントだった。トロピカリアというムーブメントを始めたカエターノ・ヴェローゾは、アメリカでのロックの影響をブラジルのボサノバの伝統の上に持って来た人である。

グラウベル・ローシャ監督『狂乱の大地(1967)』

ブラジルではカエターノやジルベルト・ジルやガル・コスタはアメリカ文化の影響を受けていると、特に左翼の学生に批判されていたが、実際はその影響は表面的なものだったようにアルバムを聴くと聞こえてしまう。

「トロピカリアの全てはブラジルのシネマ・ノーヴァの監督、グラウベル・ローシャの映画作品『狂乱の大地』を観たその日に、僕の中で形成された」とカエターノは後に述べている。トロピカリアというこのムーブメントの名称はヴィジュアル・アーティスト、エーリオ・オイチシッカのインスタレーション作品の名前から来たものだった。これは「トロピカルの天国」というブラジルのイメージを反語的に用いるに格好の材料と考えたからだった。

グラウベル・ローシャの60年代初めの作品はCPC(全国学生連盟によって作られた左翼文化組織、文化大衆センター)の「革命的大衆芸術」のヴィジョンに従っていた。ローシャの64年映画『黒い神と白い悪魔』にはエイゼンシュタインの影響等がはっきりと見える。トロピカリアはポピュラー音楽のジャンルで姿を現したが、本質的なところでは、文化を変える運動で、商業的な目的を中心としたポピュラリティーを狙う動きではなかった。

カエターノ・ヴェローゾの魅力は、僕にとって、まず彼の書く詩にあった。これほどの文学的な詩は中々ポピュラー音楽に存在しない。実験的な要素もあり、コール・ポーターやガーシュイン等アメリカの1920年代、30年代、40年代のソングライティングの伝統的な質の高さも保ちつつ、新たなフロンティアに常に向かって行く。

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カテゴリ : BLACK OR WHITE

掲載: 2012年10月02日 17:35

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

文・AYUO

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