こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

カエターノ・ヴェローゾ生誕70年──1968年のブラジルのトロピカリアと今(7)

以前にモレーノに会った時に、カエターノ・ヴェローゾを父親として育ったのはどうでした? と聞いた事があった。モレーノはとても楽だったと言っていた。父親からは、押し付けられる事もなく、一緒に音楽を作るのも楽に出来る人で、彼を父親に持てて良かったと言っていた。

これはうらやましいことだ。僕の父親も音楽家で作曲家だが、このような関係は僕の家庭では許されない。僕の家庭では、家族のつながりよりも思想の方が重視されてきた。

映画『トロピカリア』(2012)

僕が高校になる時期には、サイケデリック・ミュージック、アンビエントや実験音楽には興味を持っていたが、大学で文化人類学の勉強もしたいと思っていた。しかし、父親に高校を辞めて欲しいと言われた。これは、父親は高橋悠治という作曲家で、息子というは自分の延長として見ていたので、その仕事を引継ぐものとして考えたからだと思った。詩を書く事とその朗読をする事は好きだが、作曲家だけになりたいと強く思った事はなかった。しかし、何も学歴がないというのは一生を通して「高橋悠治の息子」という学歴しかないという事が分かった。ニューヨークで育ったため、言葉も文化もあまりよく分からない日本での完全なフラフラ生活をするはめになった。ボヘミアンなアーチストに憧れる人も世の中にはいるかもしれないが、僕はそうではなかった。大学で文化の事を研究しながら、自分の時間で詩を書く人間になっていただろう。しかし、80年代は日本のバブルの時期で、ソニーやキリン・ビール等の企業に音楽に投資をする企画等がなかったら、おそらく今生きていないだろう。政治思想にダメージを受けて、バブルに「救われた」人間だった。父親と一緒に音楽を作ろうとしても、彼の考え方と別な考えは許されない。「私は作曲家だ。ジョーゼフ・キャンベル等の考え方に興味を持っていると思われたくないので、一緒にやりたくない」と父親はあっさりと断ってしまう。だから、僕にとっては、文化の違いや人間関係の難しさ、両親の離婚を何度も経験した上での男女関係の難しさ等が自分の作品の隠れたテーマになっている。

カエターノのトリビュート・アルバムもいくつかある。数年前に発売されたVania Bastosが歌った『Cantando Caetano』は僕の好きなアルバムの一つだが、これは日本では中々見つからない。最近では、プリテンダーズのクリスティーン・ハイドがモレーノ、カシンとドミニコと一緒に録音した69年の『ホワイト・アルバム』からの曲《エンプティー・ボート》を含むトリビュート盤『A Tribute to Caetano Veloso』が今年の生誕70歳を記念して発売される。そこでは、他にベック、マジック・ナンバーなども含むアーチストがそれぞれ好きなカエターノの曲をカヴァーしている。トロピカリアの時期では、かつてのボサノヴァと違って、彼らの音楽は世界に影響を与えなかった。それはまさに、〈今〉起こりつつある。

第9回ラテンビート映画祭 | LATIN BEAT FILM FESTIVAL 2012にて映画『トロピカリア』を上映

監督:マルセロ・マシャード
出演:アルナルド・バプチスタ、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル
2012年/音楽ドキュメンタリー/ブラジル/87分

1967年から68年にかけてリオを中心に起こったカルチャー・ムーブメント“トロピカリア”。軍事政権下にあった当時のブラジルで、様々な抑圧への抵抗運動として音楽・演劇・映画などを媒体にした表現活動で社会を変える試みが行われていた。カエターノ・ヴェローゾ、ジルベル・ジル、トン・ゼーなど、今も第一線で活躍するミュージシャンの当時のライヴ映像はもちろん、激しい抵抗運動の様子や、軍による弾圧の実態など、リアルなニュース映像も交えた音楽ドキュメンタリーである。

http://www.hispanicbeatfilmfestival.com/

© Caetano Veloso observa imagens de acervo do filme Tropicalia  Foto de Eduardo Martino

Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)

1942年、ブラジルの北東部バイーア州生まれ。1960年代からリオやサンパウロでアーティストの活動を活発に展開し、ジョアン・ジルベルトの出現によりボサ・ノヴァが確立されて以降のブラジル音楽界において、MPBと呼ばれる新たな流れを生み出した。1968年に反軍事政権を謳ったトロピカリア(トロピカリズモ)をMPBの朋友ジルベルト・ジル等と共に提唱、強烈な政治告発ソングを歌い、その結果投獄された後、ロンドンでの亡命生活を余儀なくされた。1972年に母国ブラジルに帰国。その半生を、MPBアーティストはもちろん、多方面のアーティストと積極的に交流を続け、現在でもブラジル・ミュージック・シーンのリーダーとして精力的な活動を続けている。

寄稿者プロフィール:Ayuo(あゆお)

Vocals, Irish Harp, Bouzouki,Guitar、Dance、作曲家・作詩家。ニューヨークで育ち、60年代後半のアメリカの実験音楽、文学、アートに影響を受けて育った。20枚のソロ・アルバムを日米で発表。デュラスやウインターソンの文学作品に基づく音楽劇やルーミ等の古代思想家の言葉に基づく作品を創作しつづけている。中世の吟遊詩人の音楽に強い影響を受け、古代音楽にみられる世界の繋がりを独自のサウンドで創作しつづけている。2008年以後は弦楽四重奏や音楽劇の作品が多い。音楽、文学、映画、歴史、神話と科学についての執筆の依頼も多い。最新のCDは2009年9月25日発売の『dna』。
www.ayuo.net

カテゴリ : BLACK OR WHITE

掲載: 2012年10月02日 17:35

ソース: intoxicate vol.99(2012年8月20日発行号)

文・AYUO

インタビュー