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グレン・グールド──生誕80年/没後30年(3)

モーツァルトが「ソナタ全曲」であるのに対し、ベートーヴェンのソナタは全曲ではなく抜粋だ。しかしこれもリストの編曲による《交響曲第5&第6》に較べると、残念、知名度は落ちるだろう。一方、この「交響曲」だのヴァーグナーだの、あるいはドビュッシーやラヴェルといった作曲家によるオーケストラ作品の編曲ものは、その意外さも含め、もっと聴かれるべきものだ。グールドといったら決まり文句のようにバッハだ、ゴールドベルクだとそれだけ言っていては、きっとほかの演奏を聴いたことがないだろうし、ただグールドという名がそれだけで流通しているからにちがいないと意地悪な見方をしたくなってしまうところも、正直、ある。どうせなら、グールドだからこその珍しい作曲家、作品を聴くべきだ。

個人的には、バードやギボンズといったイングランド・ルネッサンスの作品ははずせないし、シェーンベルクはある程度人気があるもののいまひとつ無視されがちなヒンデミットもはずせない。ほかの演奏家にはないかわいた味わいをグールドはつくりだす。

何度もリヴァイヴァルするなかで、グールドを愛好し、あるいは、再発見する。それはほかでもない、これまではレコード/CDあるいはVHS/DVDといった媒体をとおしてだった。それが今後もグールドのブームが変わらずに訪れるのかどうか。

グレン・グールドは録音をした。レコードをつくった。映像をつくった。それらは生誕80年/没後30年は有効に機能するメディアだったろう。いまレコードというメディア、いや、モノとしてのレコードが過渡期にあることは誰もが知っている。インターネットをとおしてダウンロードすることがもっともっと一般化したとき、どうなるのだろう。個性的なグールドの顔写真をともなったジャケットは、ネット上のものとして流通しつづける──だろうか。

もしかすると、だ。バッハの曲集や組曲をつくっている短い1曲1曲がばらばらに聴かれ、自由に組みあわされ、というのはむしろグールドが予見した範囲に充分おさまってしまうだろう。だが、それによって失われてしまうものもきっとある。少なくないかもしれない。そして、好みによって複数の楽章の部分のみだけとりだしたり、まるっきり別のものと組み合わせたりということが、ごくごくあたりまえにおこなわれるようになったとき、グールドの夢想したものは維持されうるのかどうか。あるいは、そこまでも含んでしまうかたちでグールドの名は拡散してかまわないのだろうか。

絵本『アンジュール ある犬の物語』がショート・アニメーションとなり、坂本龍一をプロデューサーに迎え、グールドのピアノと宮本笑里のヴァイオリンとが「共演」するということもおこっているのを、意識しながら、わたしはそんなグレン・グールドと、音楽の未来のありようについて、ぼんやりと考えてみたりする……。

Glenn Gould/グレン・グールド(1932年9月25日- 1982年10月4日)
ピアニスト。1932年カナダ・トロント生まれ。10歳よりトロント音楽院でオルガン、ピアノ、理論を学ぶ。14歳でピアノ部門の修了認定(アソシエイト)を最優等で取得し、ピアニストとして国内デビュー。1955年、米国デビュー公演の直後に米CBS(現ソニー・クラシカル)と専属録音契約を結ぶ。同年録音、翌年発売されたバッハの『ゴールドベルク変奏曲』で、それまでのバッハ演奏を一新させた。20代は演奏旅行に赴き、カラヤン、バーンスタイン、セル、クリップスなど錚々たる指揮者たちとも共演して名声を築く。しかし1964年演奏会活動を引退、以後は録音と放送番組の仕事と執筆に専念する。1982年10月4日、50歳の誕生日の9日後、脳卒中のため急逝。前年に再録音した『ゴールドベルク変奏曲』が遺作となった。

寄稿者プロフィール
小沼純一(こぬま・じゅんいち)

音楽・文芸批評家。早稲田大学教授。著書に『魅せられた身体』(青土社)『バッハ「ゴルトベルク変奏曲」世界・音楽・メディア』(みすず書房)『無伴奏──イザイ、バッハ、そしてフィドルの記憶へ』(アルテスパブリッシング)など。

カテゴリ : BLACK OR WHITE

掲載: 2012年12月10日 19:47

ソース: intoxicate vol.101(2012年12月10日発行号)

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