こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

特集

テオ・アンゲロプロスと ロマン・ガヴラス

カテゴリ : Exotic Grammer

掲載: 2013年02月15日 18:51

ソース: intoxicate vol.101(2012年12月10日発行号)

text:北小路隆志


小津安二郎は「世界で最もパンクな監督」である……とポルトガルの映画作家ペドロ・コスタは発言している。1903年に生まれ63年に没した小津が、セックス・ピストルズやクラッシュを知るはずもなく、その作風からいっても両者を結びつける要素など皆無なはずだが、かつて自らも西欧の辺境でパンクバンドを結成し、ギターを弾いたコスタの意図は明快である。問題はパンクというattitude(態度・姿勢)にあり、時代や世代的な拘束、表現形態の差異も度外視して不意に沸きあがる既存のスタイルへの抵抗や解体の意志が、パンクのattitudeへと要約されるのだ。コスタによれば、「人のなかにある子供の心、映画を作る者が持っているべき子供の心」、それがパンクのattitudeである。小津はともかく、ジョニー・ライドンやジョー・ストラマーには既存のロックへの破壊的意志があっただろう。だが、彼らの姿勢はリスナーによって共有されることで、はじめてパンクとなる。単に権力を罵倒したり破壊的行動を採るだけで、あなたがパンクと呼ばれるわけではない。現在、最も注目に値する映画作家の一人が、小津をパンクとして受け止める……それで十分なのだ。

今年1月に新作の撮影現場近くで事故死したギリシャの――西欧の起源であったが、長らく辺境ともいうべき地位にある国――映画作家テオ・アンゲロプロスの仕事を振り返るに当たっても、彼はパンクな監督であった……との仮説を掲げるべきだろう。偉大な芸術家の死後の評価に起こりがちなことだが、「巨匠」という範疇に閉じ込め、彼の残した仕事を「文化遺産」としてはならない。軍事政権下のギリシャでアンゲロプロスが撮った〈現代史三部作〉は、紛れもなくパンクであった。権力の転覆を目指すラディカルな政治思想と子供のように映画と遊ぶ態度の稀有な共存……。時空を超えて展開される型破りなシークエンス・ショットは、厳粛な技術的達成であると同時にほとんど荒唐無稽なバカバカしさの印象によって僕らを呆然とさせた。ここまでやるか……と。確かに後期アンゲロプロスには、「巨匠」と呼ばれてしまっても仕方がない傾向が生じていた。〈現代史三部作〉で既存の映画文法を刷新し、解体するかのように育まれたアンゲロプロス固有の戦いが、確立されたスタイルの自己言及=自動化的傾向に流れたからで、それは1980年代以降の世界で顕在化した〈政治の終焉〉を物語るものでもあった。

死の前年にアンゲロプロスが日本人ジャ-ナリストに語った言葉を引用しよう。国家的な経済危機に陥ったギリシャの現状のみならず、その遠因にして別の顔とも呼ぶべき〈政治の終焉〉についての彼の考えをうかがい知ることが出来るだろう(藤原章生『資本主義の「終わりの始まり」』)。

「いまは、これまで私が生きてきたギリシャの歴史の中でも最も悲劇的な時代だと思う。……ギリシャのさまざまな時代を生きてきたが、いまがもっとも悲惨なのは、歴史的な展望がないからだ。私たちは、いわゆる未来についての手がかりを持てない時代に生きている」。それにしても、軍事政権よりもさらに「悲劇的な時代」に現在のギリシャがあるとされる、その理由はどこにあるのか。「軍事政権下(1967~74年)、ある日、物語は終わり、より良い時代が来ることを我々は知っていた。でも今はこうした自覚が私たちにはない」。

Theo Angelopoulo(テオ・アンゲロプロス)
映画監督。1935年ギリシャ・アテネ生まれ。アテネ大学で法律を学んだ後、パリに留学。ソルボンヌ大学中退後、映画を学ぶために高等映画学院に進む(のちに放校処分)。ギリシャ帰国後、70年に初長編作品『再現』を製作。1975年に「ギリシャ現代史3部作」の第2部作である『旅芸人の記録』でカンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞を受賞。以降、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、同銀獅子賞の受賞をはじめとして世界的な評価を確立。1998年には『永遠と一日』はカンヌ映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞した。2012年1月24日、アテネ郊外でバイク事故に遭い逝去。当時アンゲロプロスは『エレニの旅』(2004)に始まる「20世紀3部作」の第2部作の公開を控えており、また、第3部作の撮影中でもあった。享年76歳。

次のページへ


インタビュー