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テオ・アンゲロプロスと ロマン・ガヴラス(3)

フランスのエレトロニック・デュオJusticeによる《Stress》のヴィデオ・クリップは映画史的にも興味深い。黒の皮ジャンにフードを被った黒人や白人の混在チームが集合住宅を出発し、すれ違う対象すべてに破壊の限りを尽くす。警官らしき集団から反撃を受け、逃走を開始する時点でブームを持った録音マンが画面に入り始め、どうやら僕らが目撃しつつある映像が、グループに随行するカメラマンによって撮影中の映像であるらしきメタフィクション風の趣向も興味深い。ラスト近くで自動車を燃え上がらせる炎は、録音マンに燃え移り、最終的には撮影中のカメラマンも暴力の餌食となることで作品は終わりを告げる。単純な暴力への批判や礼賛ではなく、暴力がカメラに向けられることで映像への自己批判が示唆される。因みにかつてマチュー・カソヴィッツ監督の『憎しみ』で屈折したユダヤ系フランス人を演じたヴァンサン・カッセルはカヴラスの盟友であり、このPVにはその後フランス映画史から途絶えたかのような『憎しみ』の路線の継承、政治的商業映画の閉塞を打開する意志が感じられるのだ。


未完に終わった最新作について、アンゲロプロスは以下のように語っていた。「新作の核となるのは現代のギリシヤ危機だ。若い俳優劇団が市営劇場で『三文オペラ』を公演しようとするがうまくいかず、通りで演じ始める。するとデモ参加者や移民に加え、社会から見捨てられた人々が芝居に加わっていく。あのオペラは何を語っているのか。ブレヒトにこんな一節がある。『銀行強盗など、銀王設立に比べれば子ども騙しの仕事に過ぎません』」。『旅芸人の記録』を想起せずにいられない、芝居が路上でのデモと見分け難く交錯する光景……。『三文オペラ』の主人公である悪党メッキースが、市民階級(ブルジョワ)に属する点をブレヒトは強調した。ロマン・カヴラスの作品に登場する悪党どももまた「市民」である。借金を返せ……としごく真っ当な命令を下す銀行は盗賊=市民を上回る悪党なのだ。今や僕らは、未来の時間や行動(未来の選択)、つまりは政治や倫理、美学を取り戻さねばならない。ラッツアラートによれば、「政治的統制と主観性の同一化のための根源的装置」である主権国家をも強迫し弱体化させる資本(金融)の権力は、傲慢なまでに絶頂を極める一方で危機をも招くだろう。国家装置の弱体化が、「階級闘争の先鋭化」を副作用的にもたらすからだ。アンゲロプロス的なパンク(悪党)のattitude、「人のなかにある子供の心」を継承するのは誰の子供なのか……。

寄稿者プロフィール
北小路隆志(きたこうじ・たかし)

映画批評家。京都造形芸術大学准教授。著書に『王家衛的恋愛』、(INFASパブリケーションズ)、共著に『映画の政治学』(青弓社)、『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)、『ひきずる映画 ポスト・カタストロフ時代の想像力』(フィルムアート社)、「このショットを見よ」(フィルムアート社)など。新聞、雑誌、劇場用パンフレットなどで映画評を中心に執筆。

カテゴリ : Exotic Grammer

掲載: 2013年02月15日 18:51

ソース: intoxicate vol.101(2012年12月10日発行号)

text:北小路隆志

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