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大島渚―「罵り合い」の「論理」と「ポエジー」(2)

後の日本映画は「観客の被害者意識に訴える方法」で作られてきた。かつての軍国主義、敗戦後の混乱や貧困等々の苦境にあって、民衆は自らを〈被害者〉と位置づけることで慰めを得てきたし、映画もそうした観客の〈被害者意識〉に寄りかかることで観客の共感を獲得してきたのである。しかし、朝鮮戦争以降の経済発展を背景に日本は戦後の復興を果たし、中流社会化の流れに乗る。悲惨な貧困が現実のものとしてあるとき、なるほど人々はその現実を怒り、批判へと向かう。だが、それも経済発展の波によって解消されてしまうような柔な批判にすぎない。他方で大島は、東宝争議やレッドパージなどで映画界の主流から追放された人々によって立ち上げられた独立プロダクション系の作品にも鋭利な批判の矛先を向けた。確かに、主流の映画会社が「甘いメロドラマ風のヴェールをかけて現実を描いた」のに対し、独立プロの映画は「自然主義のリアルさ」をもって現実を描く。しかし、それら双方が、民衆の〈被害者意識〉への訴えかけに基づく点で同じ穴の狢なのだ。経済成長の波のなかで軍国主義や貧困の記憶が遠のき、日本の民衆を支えた〈被害者意識〉もまた薄れる現状にあって、後に〈松竹ヌーヴェル・ヴァーグ〉とも称される大島と仲間たちは、新たな映画作りと政治運動のあり方を模索し、提案する。今こそ〈被害者意識〉に基づく映画=運動から身を分かたねばならない……。

大島の作品では、妻でもある小山明子がしばしば〈戦後民主主義〉の理念を体現するかのような役柄を演じていた。たとえば、『白昼の通り魔』(1966年)での山間の村の中学校教師がそれに当たる。日本国憲法についての授業を締め括るに当たり、「自由」「平和」といった言葉を題材に作文を書くことを生徒に指導し、夜の公民館でのサークル活動では「無償の愛」の尊さを熱烈に語る。だが、彼女が一方的に「無償の愛」を捧げ、結婚まで漕ぎつけた男性こそが、連続女性レイプ犯たる「白昼の通り魔」なのだ。大島は、「平和」「自由」「民主主義」といった標語に基づく戦後パラダイムへの批判を旨に映画を撮り始め、その姿勢を最後まで一貫させた。敢然たる「戦後」への批判者であった大島渚こそ、輝かしき栄光と砂を噛むような失墜をともに味わった〈戦後日本映画〉の幕を引く人とするに相応しい。

僕は一度だけ大島渚にインタヴューしたことがある。『愛のコリーダ』(1976年)の「完全ノーカット版」として公開された『愛のコリーダ 2000』に関する取材だった。因みに『愛のコリーダ』は、僕が最初にリアルタイムで見た大島作品である。同作が〈世界の大島渚〉による話題作であることにかこつけ、実質的にはハードコアな(?)男女の性愛描写に主たる関心を抱いて映画館に駆けつけた高校一年生の僕らは失望を隠せなかった。何しろ多くの画面で白いボカシが入り、それが時にスクリーン全体を覆うかのようで、映画を見た気がしないし、ハードコアな性愛描写も形無しだったのだ。こんな「実験映画」を撮るなんて、さすが大島だ……と苦し紛れの愚痴や強がりの入り混じった感慨を僕らは残すほかなかったが、それでもその真っ白な画面を目撃することで、日本の〈表現〉の貧しい現状を改めて体感できたともいえるだろう。

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掲載: 2013年03月07日 20:50

ソース: intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)

文・北小路隆志

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