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大島渚―「罵り合い」の「論理」と「ポエジー」(6)

大島渚はこの世を去ったが、幸いにして彼の驚嘆すべき仕事は僕らのもとに残る。彼が同時代的に求めたが十分には受け取れなかった批評や彼の映画を貫く論理の読解に努めることこそが、後に残された僕らの課題になる。先に言及した大島による戦後日本映画、あるいは今日に至る一般的な商業映画への批判について、最後に付記しておきたい。

「観客の被害者意識に訴える方法」の問題点は、観客に寄りかかる映画とならざるをえないことだった。そこで大島は、作家が〈主体〉となることの必要性を、観客に寄りかかる映画を量産することで、つまりは作家が没主体的であることを暗に義務付けることで利潤を得ていた映画業界の内部から説いた。しかし、映画作家における主体性の確立とは、単に観客から目を背け、自分勝手に個人の理念を表出することを指すのだろうか。大島作品に観念性を見る視点は、そうした理解に根ざすものだろう。しかし、大島の明快な議論を読めば、それが誤りであるとわかる。「作家独自の作品」は、彼が挙げる名前でいえば、ミケランジェロ・アントニオーニの映画にように「閉鎖的な独白」に陥りかねない。つまり、作家という〈主体〉がそれ自体で完結してしまい、観客との「対話」を閉ざしてしまいかねない。観客の意識に寄りかかり、偽りの共感へと誘う映画が批判される一方で、観客との「対話」を閉ざすある種の作家主義的な映画も批判される。いや、大島は「対話」を批判していたはずではないか……との声が聞こえてきそうだが、彼は言葉を批判するために言葉を使い、映画を批判するために映画を撮った。だから「対話」を批判することで別の対話を開始しようとしたのだ。では、大島が希求した観客との「対話」とは何か。「作家の主体意識によって貫かれた作品と観客の意識の間におこる格闘こそが真の映画の生命でなければならない」。

こうして、大島作品はどこまでも僕らを挑発する。僕らは彼の映画における「論理」との「格闘」へと誘われる。観念論やイデオロギー論への過度な耽溺を回避することで、「映像そのものとそのモンタージュこそ映画の本質的な生命である」との立場に立ち返り、彼の映画への十分な「技術批評」を継続させねばならない。デヴュー寸前の大島は、松竹大船での血気盛んな助監督であった自分たちを「明後日の作家」と呼んだ上で、「明後日の作家から――主として批評家へ」という文章を以下のように締め括っている。「明後日の作家達は、映画の製作の中で、経営者・製作スタッフ・観客を結ぶ力強い糸として批評家の果たすべき責任の重くかつ大きいことを信じ、その健在を祈るのである」(「大島渚著作集 第二巻」所収〉。映画批評家の端くれとして、僕は襟を正さねばならない。しかし大島作品のこれからの観客、〈明後日の観客〉である、あなたもまた作家の死後の世界にあって同様の責任を担うことを許されるだろう。大島は僕らの「健在」を祈ってくれた。僕らは彼の冥福を祈り、残された課題に嬉々として邁進しよう。大島渚の映画は偉大である。だが、その偉大さを、僕らはいまだ十分に知り尽くしてはいないのだ。

大島渚(おおしま・なぎさ)
映画監督。1932年3月31日京都生まれ。1954年、京都大学法学部卒業。松竹大船撮影所入社。1959年、第一回監督作品「愛と希望の街」発表。翌年「青春残酷物語」で第1回日本映画監督協会新人賞を受賞、日本ヌーベルバーグの旗手とうたわれるが、「日本の夜と霧」の上映中止をめぐって松竹を退社。以後独立プロ創造社を主宰、「白昼の通り魔」「日本春歌考」「絞死刑」「儀式」などを発表。1968年以降全作品が海外で公開される。1975年、大島渚プロダクションを創立、日仏合作映画「愛のコリーダ」を製作、翌年のカンヌ映画祭で絶賛をあび、シカゴ映画祭特別賞、英国映画協会賞を受賞。1978年、「愛の亡霊」でカンヌ国際映画祭最優秀監督賞を受賞。その後、日英ニュージーランド合作「戦場のメリークリスマス」、フランス映画「マックス、モン・アムール」と国際的映画製作を展開。1996年2月脳出血のため倒れるも、その後1999年「御法度」を完成させた。2000年、文部大臣芸術選奨、紫綬褒章を受章。2001年、毎日芸術賞、芸術文化勲章コマンドゥール(フランス)を受賞。妻は女優の小山明子。2013年1月15日肺炎のため死去。

寄稿者プロフィール
北小路隆志(きたこうじ・たかし)
映画批評家。京都造形芸術大学准教授。著書に『王家衛的恋愛』、(INFASパブリケーションズ)、共著に『映画の政治学』(青弓社)、『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)、『ひきずる映画 ポストカタストロフ時代の想像力』、『このショットを見よ』(ともにフィルムアート社)など。新聞、雑誌などで映画評を中心に執筆。最近ではロバート・ゼメキス監督の『フライト』、ミヒャエル・ハネケ監督の『愛、アムール』の劇場用パンフレットに寄稿している。


掲載: 2013年03月07日 20:50

ソース: intoxicate vol.102(2013年2月20日発行号)

文・北小路隆志

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