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特集

ひばりとジャズ、そしてシャープ──原信夫が見つめた「美空ひばり」(5)

昭和38年(1963年)
日本ポップス・シリーズ第一弾『ひばり世界をうたう』発表

五輪の開催をひかえ、日本中が沸きかえる昭和38年。この年の春、ひばりは再びシャープの伴奏で1枚のアルバムを制作する。この計画は原と、日本コロムビアの雨森康次ディレクターとの間で秘かに練られたものだった。雨森はコロムビアから社員が大量流出するというレコード界でも稀な事件が起こった時、姿を消した前任者を引き継ぎ社長に直訴してひばりの担当をかち取っていた。二人で話すうちイタリア、韓国、フィリピン、ロシア、メキシコ、スペイン、スコットランドなど、世界各地の民謡を歌わせてみようとなり、連絡するとひばりも乗り気になってくれた。そして日本語詞を付し、ひばり仕様の和風ジャズ・スタイルでいくことに意見は一致した。

4月の2日間が録音日に当てられ、今回も1日に6曲ずつを録音する強行軍となった。そこで原は、ひばりの驚くような才能に触れることになる。世界の民謡12曲を取り上げ、佐伯亮、山屋清、前田憲男、服部克久たちの手でストリングスも加えた綿密な編曲がなされた。ひばりはその譜面を眺めたかと思うと「さあ、やりましょうか」と立ち上がった。が、誰もがそれをリハーサルの合図だと思った。

1曲歌うごと、細を穿ったひばりの歌唱にスタッフ全員が心を奪われていく。ただ歌うとすぐ次へ移り、通常歌手がやるようにミキサー室へ向かい録音状態を確認するような素振りはない。初見ながら一度も間違えることなく、歌い終えるとその曲はもうそれでお仕舞い。「さあ次へいきましょう」と言って6曲歌い終えると、その日はそれで引き上げてしまった。次の日もまた同じ要領で他6曲を歌うと、それで録音はすべて終了していたのである。みな呆気にとられたがそれがいつもの彼女のやり方であり、楽団に何度も同じ箇所をくり返させたチエミとは正反対だった。一度録り直しの機会があったが、それはシャープ側のミスで「あら、シャープさんが間違えるなんて不思議ねえ」と可笑しそうに言うと嫌な顔もせずまた録音に戻り、同じように完璧に歌ってみせるのだ。

どの曲も情趣にうったえかける上質な仕様で、コロムビアの日本ポップス・シリーズ第1弾『ひばり世界をうたう』として、雨森の手でみごとなレコードに仕上げられた。

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カテゴリ : BLACK OR WHITE

掲載: 2013年06月20日 18:24

ソース: intoxicate vol.104(2013年6月20日発行号)

文・長門竜也

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