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NINE INCH NAILS

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2013年09月04日 18:00

更新: 2013年09月04日 18:00

ソース: bounce 358号(2013年8月25日発行)

文/新谷洋子



NINコラージュ_A

〈カムバックの年〉とでも呼ぶべき様相を呈している2013年。デヴィッド・ボウイ、ジャスティン・ティンバーレイク、ダフト・パンク……と久々の新作を発表した大物たちがシーンを騒がせているなか、今年後半の話題を独占すると察せられるのは、ほかでもなく先日の〈フジロック〉で4年ぶりのライヴを披露したナイン・インチ・ネイルズ(以下NIN)=トレント・レズナーの帰還だろう。〈しばらく消える〉とトレントが宣言し、NIN名義の活動を休止したのは2009年秋。ちょうどアルバム・デビューから20年を数えた頃だった。



どこにも属さない孤高のアーティスト

ペンシルヴァニア州の小さな町マーサーで生まれ育ち、地元のカレッジでコンピューター・エンジニアリングを学んだトレント・レズナーは、隣のオハイオ州はクリーヴランドに移り住んでから本格的な音楽活動をスタート。当時アシスタントとして働いていたスタジオで、仕事の合間にほぼ全パートをみずから演奏して作り上げたファースト・アルバム『Pretty Hate Machine』を、89年にインディー・レーベルのTVTより発表する。やがてバンドを集めてライヴ活動を行うようになると、91年には〈ロラパルーザ〉の第1回目に参加。主宰者のペリー・ファレル率いるジェーンズ・アディクションやフィッシュボーンら多彩なアーティストが北米を広くツアーし、オルタナティヴ・ムーヴメントのグラウンド・ゼロと位置付けられる同フェスで、NINは知名度を一気に上げ、『Pretty Hate Machine』も最終的に150万枚を超える好成績をマーク。以後、メインストリームを席巻しはじめたオルタナ人気の立役者の一組と目されるようになる。

93年には早くもシングル“Wish”(EP『Broken』より)でグラミーの〈最優秀メタル・ソング賞〉を獲得し、セカンド・アルバム『The Downward Spiral』(94年)は全米チャート最高2位/US国内で400万枚のセールスを上げる大ヒットを記録。続いてみずからナッシング・レーベルを設立し、第1弾アーティストのマリリン・マンソンもブレイクさせた。

しかしながら、NIN/トレントは常にムーヴメントの本流から距離を置く、孤高のアーティストでもあった。おそらくそれは、大きく括ると〈インダストリアル・ミュージック〉というマージナルなジャンルに属していたこと、シアトルでもシカゴでもLAでもなく音楽の中心地とは呼び難いクリーヴランドを拠点にしていたこと、あるいは多数のバンドがひしめくなかで基本的にはソロ・プロジェクトだったこととも、関係しているのだろう。ただトレントの場合、地方都市に暮らしていたために自分と嗜好を共有できる仲間が見つけられず、やむを得ずソロの形を取ったという事情もある。何しろ幼少期からピアノを学んだ彼はクラシック音楽の素養がある一方で、バウハウスやキュアー、ゲイリー・ニューマンといったUKポスト・パンク、ディーヴォほかUSニューウェイヴ、ラッシュやピンク・フロイド、クイーンなどプログレ寄りのロック……と、実に幅広い影響源を誇るのだから無理もない。ゆえにコラボレーターの顔ぶれを見ても、ミニストリーのアル・ジャーゲンセンからソウル・ウィリアムズ、エイフェックス・ツインにまで至る。そして結果的にトレントが生み出すサウンドは、ヘヴィー・メタル/ハード・ロック、テクノ/エレクトロニカ、ひと世代上のポスト・パンクのファンなど、他のオルタナティヴ勢よりも遥かに厚いリスナー層へアピールできたというわけだ。



NIN_1994_A



また『The Downward Spiral』はインダストリアル・ミュージックをスタジアム・ロックの域に昇華させたランドマーク的な作品だったのみならず、社会からの疎外感や虚無的な世界観を映したパーソナル極まりない曲の数々によって、ソングライターとしてのトレントをカート・コバーン(ニルヴァーナ)やエディ・ヴェダー(パール・ジャム)に並ぶ世代の代弁者に祀り上げることにもなった。のちにジョニー・キャッシュがカヴァーし、いまだNINのライヴのフィナーレを毎回飾っている異色アンセム“Hurt”が好例で、カートやエディと同様に両親が幼い頃に離婚し、祖父母に育てられたという生い立ちを思えば不思議ではないか? つまり、究極的には内省的なシンガー・ソングライターであり、作品ごとにミュージシャンを集めてムードとテクスチャーを構築するサウンドメイカー/プロデューサーでもあり、アートワークや映像、ステージ・セットといったヴィジュアルもみずから監修し、フレキシブルに変化しながらトータルのヴィジョンを提示するトレントは、彼が敬愛するデヴィッド・ボウイに近い存在だと言えよう。

そんなNINの3作目『The Fragile』(99年)は当然の如くUSチャート初登場No.1を記録し、2000年にはようやく初の来日公演が実現。が、前作のヘヴィーでダイナミックなサウンドから一転、時に暗鬱なこの2枚組の冗長さは否めず……。トレントがスターダムに戸惑い、変化に対応できずにいたことも、アルバムからありありと読み取れたものだ。実際その不穏なムードがほのめかしていた通り、精神的に消耗し、酒やドラッグに溺れる生活を送っていた彼は、周囲に最後通達を突きつけられてリハビリを決心。ゆっくりと時間をかけて生活を立て直し、心機一転、次にわれわれの前に姿を見せたのは、ちょうど40歳の誕生日を迎える2005年5月だった。

リハビリのプロセスを振り返る内容でありながらも、あきらかにポジティヴなエネルギーを纏った4作目『With Teeth』でNINは新しいチャプターに突入。6年のギャップをものともせずに引き続き全米1位に輝き、その年の〈サマソニ〉で来日した時には、かつての青白いゴス青年の姿はなく、髪を短く刈り上げてマッチョに変身を遂げていた。



膨らみ続ける創作意欲

その後のトレントはもはやノンストップ。それまでアルバム1枚に5年を費やしていたというのに、5作目『Year Zero』は2年弱のインターヴァルで登場し、しかもコンセプト・アルバムに挑戦している。前作からの先行シングル“The Hand That Feeds”でブッシュ前大統領の〈ポスト 9.11〉政策を批判するなどしてポリティカルな言動とも無縁ではなくなっていた彼は、主にラップトップ上で構築したエレクトロニック寄りのサウンドに乗せ、独裁政権下にある2022年の米国を舞台に小説「1984」さながらのディストピアを描写。保守化する社会に警鐘を鳴らした。そして同作のリミックス盤をもって長く所属していたインタースコープを離れ、2008年3月には自主レーベルから6作目『Ghosts I–IV』をリリース。同作が計36曲/110分に及ぶシネマティックでアンビエントなインストゥルメンタル・アルバムだったことは、トレントが味わっていた解放感を物語っていた。そのわずか2か月後に、今度はヴォーカル曲で構成した集大成的な趣の7作目『The Slip』を、〈これは俺のおごりだ〉とのメッセージを添えてフリー・ダウンロードで送り出し(のちにCD化)、4年間に4作品という圧巻の創造欲を見せつけるのである。

また、この時期の彼はデジタル時代の利点を最大限に活かしてインタラクティヴな試みにも積極的で、『Year Zero』ではゲーム感覚で楽しめるさまざまな仕掛けを用意すると共に、ファンが自由にリミックスできるようマルチ・トラックの音源ファイルを無償で提供。『The Slip』に伴うツアーに際しては、やはりネット上にアップした高画質のライヴ映像を用いて、ファンが独自のツアー・ムーヴィーを編集するというコラボレーションも展開した。一見近寄り難いようでいて聴き手に近い場所にいることも、NINの根強い人気に寄与していることは間違いない。



NIN_A



従って、追い風に乗っていた彼がこの時点で活動を休止したことに驚いたファンは少なくなかったのだが、休止したのはあくまでNINとしての活動。創造欲は衰えず、これまた実り多き数年間が待っていた。まずは映画音楽。過去にシングル“Only”(2005年)のPVなどでコラボ経験があったデヴィッド・フィンチャー監督の依頼を受け、「ソーシャル・ネットワーク」(2010年公開)と「ドラゴン・タトゥーの女」(2011年公開)のスコアを、『With Teeth』以降の音楽的なパートナーであるアティカス・ロスと制作する。そのうちの「ソーシャル・ネットワーク」のサントラがゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞を獲得するなど、コンポーザーとしての評価を一気に高め、日本でも映画「鉄男 THE BULLET MAN」(2010年公開)のテーマ曲を手掛けたことで話題を集めた。一方で、長年NINのアート・ディレクターを務めていたロブ・シェリダンとアティカスに加え、かねてから独自にバンド活動を行なっていた妻のマリクイーン・マーンディグをメイン・ヴォーカルに擁する新バンド、ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズも始動。今年3月にフル・アルバム『Welcome Oblivion』が登場したことは記憶に新しいだろう。

こうして、一旦主役を降りてサポート的な役割を担うという、彼にとってはフレッシュな体験を経て、ふたたび自分自身と向き合いながら音楽を作りはじめたトレントは、ピノ・パラディーノやリンジー・バッキングガムといった大御所ミュージシャンのゲスト参加も得て、NINの8作目『Hesitation Marks』をいよいよ完成。リズミックな要素を強調し、かつてなく軽やかな新境地を開拓しながら、『The Downward Spiral』と同じラッセル・ミルズの手掛けたアートワークがNINの歴史とのリンクを示唆しているようでもある作品だ。ほかにも、ドクター・ドレーと組んで開発した新たな音楽配信サーヴィスも近々ローンチする予定だと語り、ハリウッド進出に続いて起業家の顔も加えようとしている。トレント・レズナーこそ、この世代では誰よりも遠くまで旅したアーティストなのかもしれない。



▼ナイン・インチ・ネイルズのリミックス盤を紹介。
左から、2000年作『Things Falling Apart』、2007年作『Y34RZ3R0R3MIX3D』(共にNothing/Interscope)

 

▼トレント・レズナーが手掛けたサントラを紹介。
左から、2010年作『The Social Network』、2011年作『The Girl With The Dragon Tattoo』(共にThe Null)

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