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DUKEY TREATS(2)――耳で聴いたピープル・トゥリー

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2014年03月12日 18:01

更新: 2014年03月12日 18:01

ソース: bounce 364号(2014年2月25日発行)

文/轟ひろみ、出嶌孝次



QUINCY JONES 『The Dude』 A&M(1980)

起用ミュージシャンも相当かぶる帝王と伯爵。それ以前から『I Heard That!!』などで鍵盤奏者としてデュークを招いていたクインシーだが、80sディスコ〜ブラコン作法に入り込んだ本作からは“AI No Corrida”の大ヒットが誕生。このムードは当時の西海岸シーンに共通する志向の表れだったのか、それとも……。*轟

 

PARLIAMENT 『The Clones Of Dr. Funkenstein』 Casablanca(1976)

エピック期に入る頃からPファンクに憧れ、かなり素直な模倣を続けてきたデューク。ジョージ・クリントンには〈フェイク野郎〉と激しく罵られたりもしたが、機能性の部分を的確に取り出すアレンジには舌を巻いたはずだ。なお、生前の彼は後にブーツィー・コリンズ作品への参加も実現させることに! *轟

 

ROY AYERS PRESENTS UBIQUITY 『Starbooty』 Elektra(1978)

ジャズのフィールドに軸足を置いた才人が目線をソウル/ファンクに向けて進路を取った例も珍しくはないが、期せずしてキャッチーなディスコでジョージと並走する形になったのが、ロイ・エアーズの監督したこのプロジェクト。MPS時代のスピリチュアルでメロウな雰囲気にも似た軽快な心地良さがありますな。*轟

 

SHEILA E. 『Icon』 Moosicus(2013)

Eと縮めた呼称で名を馳せるより以前からデューク・バンドのパーカッショニストとして脚光を浴びていたシーラ・エスコヴェード。EトレインやEファミリー名義の作品にはデュークも馳せ参じていたが、プリンスも参加した本作はジャズからラテンから賑やかな快作だった。*轟

 

MILES DAVIS 『Tutu』 Warner Bros.(1986)

元祖クロスオーヴァー男で、ジョン・スコフィールドら門下生との絡みも当然のように多かったデューク。1曲を除いてマーカス・ミラーの制作した本作において、その1曲“Backyard Ritual”に抜擢されたのはデュークだった。晩年のデュークはそのマーカスやデヴィッド・サンボーンとDMSを組んでいたのだが……。*轟

 

CHANTE MOORE 『Precious』 Silas/MCA(1992)

ジョージが好んで組む常連シンガーは従妹ダイアンを筆頭に数多いが、90年代以降のお気に入りは彼女だったはず。この処女作にてプレシャスなプロデューシングとピアノ演奏を披露したジョージは、16年後の『Love The Woman』も上品にサポート。そういや彼はケニー・ラティモアの“Healing”で演奏したこともありました。*出嶌

 

COMMON 『Finding Forever』 G.O.O.D./Geffen(2007)

ATCQやJ・ディラ、マッドリブ、LUNCH TIME SPEAXなど、ヒップホップ勢によるデューキー・ヴァイブのサンプリング例は数限りないが、近年で際立った輝きを放っていたのは本作収録の“Break My Heart”だろう。ソースとなった“Someday”のスムースな煌めきをすくい上げたのはカニエ・ウェストさん。*出嶌

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