CANT HIDE LOVE――ジョージが憧れ続けたアース・ウィンド&ファイア
ジャズ・ドラマーとしてキャリアを歩みながら、ジャズの進化に付き合うことなくソウル/ファンクの革命的な発展へと踏み出したモーリス・ホワイト。その神がかったアイデアのミクスチャー・センスとコマーシャルなヒットを飛ばすバランス感覚には、同じジャズ畑の出身者としてデュークも思うところがあったはずだ。
例えばジャズを聴かない人ほど〈ジャズ〉という枠の自由な広がりは知らないはずなので、特にエピック期においてはEW&Fと比べても何ら遜色のないポップネスを獲得し、テクニカルにしてソウルフルなバンド・サウンドを敏腕プレイヤーたちと編み出したデュークの爆発ぶりはまったく知られていないのではないだろうか。
そういう聴き方はリスナー個々が好きに選べばいいものだが、徐々にブラコン〜R&B仕事を増やしていった70年代後半からのデュークの動きを見ると、一部の聴き手が勝手に設けているようなセグメントはそもそも存在しなかったということが証明されている。何よりモーリスが〈自分のテイストに似ている〉ことを理由にフィリップ・ベイリーのソロ作プロデュースを許したという話もあるぐらいだ。モーリスの庇護下にいたデニース・ウイリアムズに全米No.1の“Let's Hear It For The Boy”を授けたのも鼻が高かっただろう。そんな〈EW&F以上にEW&Fらしい男〉は、後の『Touch The World』(87年)にピアノとアレンジで助太刀していた。
▼関連盤を紹介。
左から、フィリップ・ベイリーの83年作『Continuation』、同86年作『Inside Out』、デニース・ウイリアムズの84年作『Let's Hear It For The Boy』、アース・ウィンド&ファイアの87年作『Touch The World』(すべてColumbia)