Before a long vacation 〜Tribute to Eiichi Ohtaki(3)
コロムビア在籍時の後期のナイアガラ作品は、多羅尾伴内楽團の3枚のアルバムをはじめ、「ノヴェルティ・タイプ」の曲がほとんどだった。それだけに、3年間のレーベル活動休止期間を経て81年にリリースされた『A LONG VACATION』の衝撃は大きかった。『A LONG VACATION』がリリースされた当時、僕は大学生で、自分や周りの友人たちはLPからカセットテープに落としてウォークマンでこのアルバムを聴いていた。大滝詠一のアルバムの例に漏れず、『A LONG VACATION』もマニアックな引用や意匠が随所に取り入れられたアルバムだ。しかし、長い間ウェットな感覚を表出させてこなかった大滝詠一が『大瀧詠一』に収録されている《乱れ髪》に匹敵するほど叙情的な《雨のウェンズディ》を衒いなく(実際はあっただろうが)歌っていたのだから、驚かざるを得なかった。本当に震えた。後にプロのミュージシャンになった友人がふと漏らした言葉を、僕は今でも覚えている。「大滝さん、死んじゃうのかもしれないな」。当時、僕たちは『A LONG VACATION』を聴いて、何かが完結したという思いを抱いた。畢生の傑作と感じた。だからこそ、もしかするとこれが遺作になるかもしれないとを思ったわけだが、こんなアルバムは、『A Long Vacation』をおいて他にない。
この原稿を書いている時、東京は20年ぶりの大雪に見舞われた。東北生まれで、北欧のギター・インストが好きで、《フィヨルドの少女》や《さらばシベリア鉄道》を作った大滝詠一。これらのことに加えて、小林旭の《熱き心に》や森進一の《冬のリヴィエラ》のような大陸的なスケールの大きなメロディと白い吐息と化した熱い想いが聴こえてくる曲を残した大滝詠一。彼は、グレン・グルードと同じように本質的に「北の人」だったと思う。そんな大滝詠一が、北へ還っていった。莫大な、そして本当に貴重なアーカイヴを残して。
編集部注:本稿の表記は、大滝詠一で統一させていただきました
大滝詠一(おおたき・えいいち) [1948-2013]
1948年7月28日、岩手県生まれ。シンガー・ソングライター、作曲家。69年、細野晴臣、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成。73年に解散し、翌74年にナイアガラ・レーベルを設立。自身の作品以外にも、シュガー・ベイブやシリア・ポールらのアルバムを発表。81年に、20世紀日本音楽史上ゆるぎないNo.1の地位を築いた名作『A LONG VACATION』を発表し、大ベストセラー・アルバムとなる。2001年には『A LONG VACATION』を自らリマスタリングし再リリース、話題を呼んだ。日本のポピュラー音楽に与えた影響はあまりに大きく、2013年12月30日享年65歳で亡くなった現在でも音楽関係者だけでなく音楽を愛する多くの人に大きな衝撃を与えている。
寄稿者プロフィール
渡辺亨(わたなべ・とおる)
音楽評論家。 『ミュージック・マガジン』 『CDジャーナル』 『ケトル』などに執筆。レギューラーでNHK-FM「世界の快適音楽セレクション」の選曲・構成を担当、および自分のコーナーに出演。Twitter@watanabe19toru