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想像の調教(2)

カテゴリ : スペシャル

掲載: 2014年03月07日 15:00

ソース: intoxicate vol.108(2014年2月20日発行号)



I_Tomita
© Crypton Future Media, INC. 

 



ところで、電子楽器の歴史を振り返ってみると、機械に歌わせようとする、ある種倒錯した試みが古くから存在することが分かる。

最初期の電子楽器テルミンを使ってまず行われたことは、歌曲やヴァイオリン曲などのメロディの演奏である。テルミンの名手、クララ・ロックモアによるクラシック名曲のピアノ伴奏による演奏を、ソプラノ歌手の演奏と勘違いしそうになったり、クラフトワークやYMOのアルバムに出てくるヴォコーダーの音を聞いて、そこでロボットが喋っているように感じた人も多いだろう。個人的な話になるが、私がタリスの40声モテットを録音した時、自分の声を40回重ねたミックスを聴いて、自分自身の40の分身が眼前に現れたかのような不思議な体験をした。これらは、機械化された音声から、そこに存在するはずのない人格を感じる一例である。

では仮に、自分の目の前で、ある歌手が何か歌っていたとする。そこに歌手は実在するのか? 人間が知覚できない高次の存在に騙され、精巧な歌手の幻影を見ているとしても、それをあなたは証明する手段はないのだ。この場合、高次の存在からみれば、あなたはそこに歌手がいると「信じているだけ」ということになる。つまり、信じていれば、そこに歌手が実在することになるのだ。テルミンであろうと初音ミクであろうと、そこに実在する人間の声を聴いたように感じたのならば、その瞬間、確かに歌い手は実在したのだ。したがって、『イーハトーヴ交響曲』は架空の歌手と実在のオーケストラによる虚構の共演ではなく、電脳世界の歌手が現実世界へやってきて実際に共演したのだ、と私は結論づけたい。

最後に、この私の仮説を強化するエピソードを紹介しよう。このコンサートでは「初音ミク様」のための楽屋が用意されていたそうだ。特典映像のインタヴューでも、冨田が初音ミクを「ミクちゃん」「しぐさが、ひ孫に似ている」などと表現し、もはや彼女が虚構の存在であるとは思えないのだが、その楽屋の扉の向こうにはさて誰が!?

*「調教」とは、初音ミク用語で、ユーザーが意図した歌い方になるよう、試行錯誤しながら演奏データを細かく編集していく作業を指す。これを敢えて生身の声に対して使ってみた。

冨田勲(とみた・いさお)

1932年生まれ。東京都出身。作曲家。これまでにNHKの大河ドラマの音楽を5本担当し、手塚治虫のアニメ『ジャングル大帝』『リボンの騎士』など、数多くのテレビ・映画音楽を手がけてきた。1970年頃よりシンセサイザーによる作編曲・演奏に着手し、1974年に米RCAよりリリースされたアルバム『月の光』が日本人として初めてグラミー賞4部門にノミネートされた。2011年からは“ISAO TOMITA PROJECT”が始動し、過去の作品をリメイク&サラウンド化した完全版が継続的にリリースされている。2013年1月、『冨田 勲:イーハトーヴ交響曲(CD)』を発表。80歳を迎えてなお、音楽界への貢献と活躍が期待される。

寄稿者プロフィール
松平 敬(まつだいら・たかし)

東京芸術大学、同大学院に学ぶ。全曲一人の声の多重録音によるCD『モノ=ポリ』(平成22年度文化庁芸術祭優秀賞)、一人多重録音によるタリスの40声モテットをふくむCD『うたかた』を発表。2012年8月、サントリー芸術財団サマーフェスティバルでのクセナキス《オレステイア》に出演、大きな話題を呼ぶ。



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