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NO DEFEAT, YOUR DANCE IS SWEET!――すべてが気まぐれで煌びやかだった80s初頭のUKシーンへタイムスリップ!

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2014年03月26日 17:59

更新: 2014年03月26日 17:59

ソース: bounce 365号(2014年3月25日発行)

文/北爪啓之



ここではカルチャー・クラブが登場した背景にある、80s初頭のUKロック/ポップ・シーンをざっくりと俯瞰してみたい。その前に彼らの魅力を大きく3つに要約すると、①派手なヴィジュアル、②非欧米的な音楽へのアプローチ、③ソウル・ミュージックの巧みな消化、ということになるだろう。で、実はこの3点が当時のシーンを読み解くキーワードだったりするのだ。

まずは①のヴィジュアルについて見てみよう。70年代末にMTVが誕生したことにより、プロモーション方法がラジオからPVなどの映像へと大きく転換しはじめた結果、見た目の華麗さやインパクトを重視するアーティストが多数出現した。デュラン・デュランやスパンダー・バレエ、ABCなど、いわゆる〈ニュー・ロマンティックス〉と称される一群で、彼らはヴィジュアル同様にサウンドもポップでダンサブルであるという点で共通していた。なお、ほとんどの連中がエレクトロニクスを多用していたため、〈エレポップ〉と同義で語られている場面も目にするのだが、あくまでニューロマは煌びやかなメイクと派手なファッションという、ヴィジュアル先行のムーヴメントであることを強調しておこう。

次は②の非ロック的な要素の導入について。やや乱暴に書いてしまうと、従来のロックの概念から解放されたニューウェイヴにおいては常套とも言える手法であり、とりわけアフロビートやカリブ音楽などをベースとしたリズム面への冒険に、多くのバンドが躍起となっていた。アダム&ジ・アンツやポリスなどはメジャー・フィールドで成功を果たした一例である。またラテン・ビートとファンクとロックを享楽的にクロスオーヴァーさせたヘアカット100やマット・ビアンコ、そして初期カルチャー・クラブなどは〈ファンカラティーナ〉と呼ばれるムーヴメントを巻き起こしたが、いまではほぼ死語なのが悲しい。

最後に③のソウル・ミュージックの取り込みもまた一種のトレンドであった。80年代のUKブルーアイド・ソウルの特徴は、ルーツへの忠実な回帰というよりは、ソフィスティケートなポップ化だと言える。その独自解釈を突き詰めたのがポール・ヤングやスクリッティ・ポリッティだが、ソウルのポップ変換という意味でもっともわかりやすい例を挙げるならばワム!に尽きるだろうか。

以上が当時のシーンの大まかな概観(もちろんすべてではないですよ)。最先端の動向を敏感にキャッチし、それらの諸要素をハイブリッドした音楽を提示して商業的な成功を収めたカルチャー・クラブは、ある意味もっとも80s前半のUKロック/ポップを体現したグループと言っても良いのではなかろうか。 



▼関連盤を紹介。
左から、デュラン・デュランの81年作『Duran Duran』(Parlophone)、ABCの82年作『The Lexicon Of Love』(Mercury)、アダム&ジ・アンツの80年作『Kings Of The Wild Frontier』(Epic)、ヘアカット100の82年作『Pelican West』(Arista/Camden)、マット・ビアンコの84年作『Whose Side Are You On』(Warner UK)、ポール・ヤングの85年作『The Secret Of Association』、ワム!の84年作『Make It Big』(共にEpic)

 

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