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インタビュー

鬼 『湊』

 

哀愁を帯びたディープな現実を淡々と剥き出しの言葉に変えてきたリリシストが、新たな一歩を踏み出した。路地裏の湊には、鬼の信念と優しさが溢れている!

 

震災にも見舞われた福島県いわき市の出身で、現在は東京を拠点に活動するMC、鬼。彼がファースト・アルバム『獄窓』から約1年半ほどにして、10曲入りながらもミニ・アルバム扱いだという新作『湊』を発表した。行き場のない生活と捨て鉢な開き直りがないまぜとなった前作は、聴く者にとっても現実が重たく横たわる作品だった。しかし、『湊』にそのような姿はない。〈過去のことなど問題ねぇ/走りぬくことだ止まらないで〉(“自由への疾走”)と歌う鬼には、吹っ切れた様子も覗く。「物事がシンプルに見えるようになりましたよね。自分のやりたいこと、やってきたこと、できることもそうだし」と彼がいま話せるようになったのも、子供の誕生という大きな節目を迎えたことが大きかった。彼はそれを「成長」と言い、話を続ける。

「ラッパーである以前に人間じゃないですか。今回のアルバムはそういう部分の変化を反映して出来上がってるし、良い部分も悪い部分も俺の等身大がよく見えると思う。単純に子供を食わせていかなきゃいけないし、作品にかかるお金も大きくなってきてるし、責任感が生まれましたね、今回は」。

人の親として、また、いちラッパーとして、そしてさらにはひとりの人間として生まれた責任感。それは鬼の表現を、〈リアル〉を第一とする描写からより〈ライト(=正しい)〉なものへと向かわせた。「いままでの生活にケジメをつける」という意識も、彼をそこに向かわせた大きな要因だ。

「子供のうちはいいことも悪いこともできるけど、大人になると悪いことできないですからね(笑)。良くも悪くも作品を通じて俺の過去を知った人は多いと思うけど、〈そんな奴もこうやってやれるんだ〉って見せていくのは大事だし、同じ境遇にあった人には〈すげえ、俺もがんばろう〉って思ってもらえるようにしたい。それは自分が言ってかないとできないし、普通にリスナーよりもちゃんとした生活してないと、この仕事は無理でしょと思うし。そうは言っても、いまもダメだとわかってて、いずれやめなきゃいけないこともあるけどね(笑)」。

D-EARTHやPUNPEEといった馴染みの面々のみならず、SUGARCRACKやBEAT奉行ら新たなトラックメイカーにも及んだ制作陣に、鍵盤のサポートなどで生音の要素を加え、風通しの良くなったサウンドは、元犬式のメンバーらと組んだバンド・ユニット=ピンゾロの作品を挿んだゆえのいい影響だそう。これまで歌ってきたみずからの生い立ちや身の上を超えて、より普遍的な感情へと辿り着いた『湊』を大きくサポートしている。

「鍵盤が生なんで、楽器とトラック、ラッパーの温度を合わせるのが難しかったですね。そこがピッタリきたからおもしろいものになってくれたと思う」。

そして、“酔いどれ横丁”における般若、SHINGO★西成との共演は、鬼がこれから向かう先を考えるうえでもこれ以上ない組み合わせだと言えるかもしれない。「人が出入りする湊」——新宿ゴールデン街にかつてあった店を思い出して付けられたタイトル『湊』が意味するところは、彼の音楽とますますダブっていくことになるだろう。自身の今後について鬼はこう話す。

「俺の仕事は音楽じゃないですか。子供から見て音楽を仕事にしたいなと思われるように、俺は楽しくやっていきたいなと思います。〈音楽を仕事にするとこうなっちゃうの?〉と思われたくない。〈オッサン楽しそうだね、毎日〉みたいなほうがやっぱりいい」。

ノリ任せの“なんとなく”や、「子供には聴かせられない」とみずから笑った“SKIT~性教育~”などにいまなお窺われる毒気あるセンスが、今後の鬼の音楽のなかでどうなっていくか、まずはそこが興味あるな。

 

▼『湊』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

左から、般若の2009年作『HANNYA』、SHINGO★西成の2010年作『I・N・G』(共に昭和レコード)、CRAZY Tの2011年作『インとヨウ』(KIX)

 

▼『湊』に参加したトラックメイカーの作品。

左から、PUNPEEの所属するPSGの2009年作『David』(ファイル)、LIBROの2009年作『night canoe』(AMPED)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2011年04月20日 18:00

ソース: bounce 331号 (2011年4月25日発行)

インタヴュー・文/一ノ木裕之

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