こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

インタビュー

泉まくら 『マイルーム・マイステージ』



うとうとを経て、溢れ返る賑わいのなか、新たな日常へと一歩踏み出した泉まくら。マイルームで真摯な思いを綴ったファースト・アルバムが導く、次のステージとは?



泉まくら_A



昨年秋にリリースした『卒業と、それまでのうとうと』によって脚光を浴びた泉まくら。大島智子による魅力的なヴィジュアル・イメージや術ノ穴という所属レーベルの特性上、いわゆるストリクトリーな日本語ラップ以外のリスナー層からも興味を抱かれやすい下地があったのは確かだろうが、彼女のラップが多くの耳を惹き付けた理由は、彼女のリリカルな語り口そのものの力に他ならない。〈卒業〉から11か月、待望のファースト・フル・アルバム『マイルーム・マイステージ』には、一歩踏み出して表現を逞しく更新した彼女がいる。



自分でも想像できなかった表現

「テーマやリリックのストックみたいなものは一切ないです。でも、これを言う機会があれば言いたいなという言葉はあって、それがもらったトラックにふっと結びつくことがあれば使おう、というのはあります。だから、トラックをもらってからのスタートですね」。

初作が出てすぐに次への意欲は湧いていたそうで、年明けにはアルバムへの取り組みを開始。その間には、くるり主催のイヴェント〈WHOLE LOVE KYOTO〉に抜擢されて人生2度目のライヴを経験し、一方ではパスピエのシングル“最終電車”にフィーチャーされるというトピックもあった。そして6月には、先行シングルとなる“candle”を配信リリース。術ノ穴主催の〈ササクレフェス〉における3回目のパフォーマンスを目前にしてアルバム完成へと漕ぎ着けた。

「自分で納得いかないと人に聴かせることはしないので。未完成で悩んでる段階の曲を聴いてもらうっていうのが性格的にできなくて(笑)、そこで時間がかかったっていうのはありますね」。

トラックメイカーについては「“ゆれる”を最近聴き直してて、すごくいいなと思って」リクエストしたというEVISBEATS以外は、基本的にFragmentが提案して進められたという。

「私から〈この人とやりたい〉とかって、あんまり言わないようにしているというか。いっしょにやったらどうなるか自分では想像できなかったり、自分だったら躊躇しそうだったりする人を、kussyさんやdeiiさんから〈この人どう?〉って薦めてもらえるので」。

「前作のイメージに乗っていく判断もあったけど、まくらにはいわゆる〈ゆるふわ〉や〈ウィスパー〉だけじゃない言葉の力強さがあると思ってるんです。前作でもまくらの力をトラックが凄く引き出してくれた手応えは感じてたので、例えばkyokaさんやSugar's Campaign(Seiho×Avec Avec)とやったらどうなるんだろう?とか考えて。僕らずっとトラックメイカーやってるんでいろんなビートは追ってるし、せっかく術ノ穴から出すんで、まくらの言葉を引き立てながらも音も流石だね!って言わせたかった(笑)」(kussy)。

そんな狙いは見事に的中している。イントロに続く“candle”と終曲の“君のこと”は、レーベルメイトでもあるnagacoのプロデュース。初作の内省や叙情を強く印象づけた彼の2曲に挟まれる格好で、トラックメイカーごとの意匠が主役に色とりどりの衣装を与えている。断捨離の隙間にサウダージを漂わせたEVISBEATS製のボッサ“棄てるなどして”をはじめ、ハシダカズマ(箱庭の室内楽)作の“あたらしい世界”では童謡的な歌心を覗かせる一方、「“ムスカリ”的な役割があるかもしれない」という“Dance?”ではKyoka製のダビーな電子ダンスホールで踊りながら攻撃性を剥き出しにしてみせる。Sugar's Campaignのシティー・グルーヴに都会の毒と蜜を忍ばせる上京ポップ“東京近郊路線図”も鮮烈だ。

「表現を乗せるためのトラックっていうより、トラックをもらって書きはじめたら自分でも想像もしてなかったような表現も出てくるので、トラックに対して自分ができることをやった結果が違う面を見せるのに繋がった感じです。他の人の力を借りてることをすごく実感しながら書いてますね」。

とりわけ印象的なのはMACKA-CHIN製のレゲエに紅潮しながらフロウを切り替えてガシガシ踏み込む“真っ赤に”だ。

「“真っ赤に”は自分でも手応えがあったというか、苦労したけど出来た時にこれはもう完璧なんじゃないかというか、出せたな~という感じでしたね(笑)」。



絶対にわかってもらえる

先述の“棄てるなどして”、あるいはYAVの叙情トロニカ“ワンルーム”、Fragmentによる“ドレスを着る前に”は、〈捨てる〉という言い回しや生活感のある描写が共通していることもあって、『マイルーム・マイステージ』という表題に直結するものだ。とはいえ、アルバム・タイトルは楽曲がほぼ出揃った後に見えてきたものだという。

「『卒業と、それまでのうとうと』も、途中で〈そういう傾向のことを自分が書いてるな〉と思って、そのタイトルになったんです。『マイルーム・マイステージ』も曲が揃ってきた時に制作期間を振り返ったりして……この部屋で自分でラップを書いて、録って、聴いて、いいなあって思ったり、やり直そうと思ったり、それに対して誰がいいともダメだとも言わないし、そういうのがすごくいいと思った時に〈マイルーム〉っていう言葉が出てきて……」。

部屋に入って扉を閉めたら自分だけの世界、自分だけのステージ。ただ、それは内向きな姿勢を意味しない。

「外に出て、社会に出て、別にその生活が嫌なわけではなくて。そこから感情だったり、言われたことや見たものを部屋に持ち帰るというか、ぼーっとその一日を思い出したり、そういう時間をすごす場所というイメージもあります。だからこう、一人で部屋でうずくまって悲しいことを考えてるというものでは決してないです(笑)。一人の部屋の居心地の良さを知っているなら尚更、外に出ていかなければいけないんだろうな、と」。

少なくとも、今回用意された楽曲群は、これまでの彼女に与えられた一面的なイメージをある意味で覆す多彩なものだ。

「〈ゆるふわラップ〉とか、声の印象だけで言われることに正直悔しさはありました。もちろんそういうイメージは全然間違ってるわけじゃないし、ありがたいんですけど。でも、そこだけじゃなく〈言葉〉も聴いてほしいし、自分がなぜラップっていう歌唱法でやってるのかが伝わってほしいなって。ずっと日本語ラップが本当に好きで、かっこいいと思ってやっているので……。でも絶対、もうわかってもらえると思ってます、〈それだけじゃないんじゃないか〉って。自分のしたいことを表現しようとした時に、自然に出てきたことが自分のすべきことだと思うので、それを続けていければそれだけで伝わることがあると思います」。

『マイルーム・マイステージ』がそれを確実に証明する傑作だということは、もう言うまでもないだろう。



▼パスピエのタワレコ限定シングル“最終電車 featuring 泉まくら(FragmentのREMIX)”(unBORDE)。
完売です……

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年11月19日 21:00

更新: 2013年11月19日 21:00

ソース: bounce 360号(2013年10月25日発行)

インタヴュー・文/出嶌孝次