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TRIBUTE from orange pekoe――トリビュート盤を発表したorange pekoeが語るエリス愛



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「昔の私は黒人音楽至上主義者で(笑)、歌手として活動していきたいという夢を持ちながらも黒人にはどうやってもなれないということで少し悩んでたんですね。そんなときエリスの歌を聴いて、黒人じゃなくてもこんなにソウルフルな人がいるんだ!っていう衝撃を受けて。ひょっとしたら日本人である私にできることもあるかもしれない、と思うようになったんです」。

エリス・レジーナとの出会いについてそう話すのは、orange pekoeのヴォーカリストであるナガシマトモコ。片や彼女の相棒である藤本一馬(ギター)はこう話す。

「僕の場合は完全に〈曲〉です。それまでの僕はブラジル=ボサノヴァというイメージしかなかったんですけど、そこにエリスを通してMPBの世界が一気に入ってきた。ものすごくポップなんだけど、ジャズの要素も入ってるし、ブラジルの土着的な要素も入ってる。昂揚感と哀愁が詰まってて、胸を締め付けられるような感覚があって……こんなに素晴らしい音楽が世の中にあるのか!っていうぐらいの衝撃を受けたんです」。

98年の結成以来、MPBやボサノヴァといったブラジル音楽やジャズ、ソウルからの影響を元に独自の音楽世界を築き上げてきたorange pekoe。彼らがこのたび完成させたのは、敬愛するエリスに捧げたトリビュート盤『Tribute To Elis Regina』だ。彼らとエリスの出会いは90年代末まで遡るが、没後20年の2002年には地元・大阪のクラブでエリスの追悼イヴェントを開催、彼女のレパートリーをカヴァーしたという。「それがすごく楽しくて。30周年という節目には何かやりたいと以前から思ってたんです」(ナガシマ)というところから今回のプロジェクトがスタート。2012年1月には彼ら主催のエリス追悼UST番組「Elis, Para Sempre!」が放送され、4月のトリビュート・イヴェント開催を経て、今回の追悼盤がリリースされることとなった。

「5年前だったらアレンジもいろいろ考えただろうし、歌にしても〈あんまりエリスに似ちゃったらあかんのとちゃうかな?〉とか考えたと思うんですけど、私にとっては大きな影響を与えてくれた存在やから、多少似てしまってもしょうがないわ、と。あまり考えず、素直に歌いました」(ナガシマ)。

「アレンジも基本的には原曲に忠実に。エリスの曲はどれも相当聴いてきてるんで、よっぽどいいアレンジじゃないと……」(藤本)。

原曲の魅力を大切にした歌とアレンジにはエリスに対する2人の愛情が滲む。もちろん、15年に渡るorange pokoeの活動のなかで数多くの経験を積んできた彼らだ。エリス・レジーナという巨大な存在に向き合うその表情には余裕すらも窺える。だが、その一方ではまるで10代のブラジル音楽愛好家のように興奮気味の彼らの姿もここでは捕らえられている。10年前のトリビュート・イヴェントの時もこんな感じだったのかも?──そんな想像もつい膨らむ。

「選曲に関しては、基本的には私が歌いたいものを選ばせてもらいました。ただ、10年前にクラブでやったイヴェントが企画の最初にあったので、みんなの思い出の曲を中心にして。そうなると『In London』の曲が多くなっちゃったんです。そこにエリスの歴史のなかで外せない曲や私の好きなバラードを加えていきました」(ナガシマ)。

90年代、東京や大阪のクラブに通っていた人であればついステップを踏んでしまうだろうクラブ・クラシック“Upa Neguinho”、『In London』に収められていた“Corrida De Jangada”や“Zazueira”など60年代の重要なレパートリー、エリスも幾度となく吹き込んだ“Aguas de Marco(三月の雨)”や“Madalena”といった代表曲、“O Bebado E a Equilibrista(酔っぱらいと綱渡り芸人)”“O Trem azul”など晩年の名曲──ここにはorange pekoeの2人と彼らの仲間の思い出がたっぷり詰まっている。

ところで、2人のお気に入りアルバムはどれなのだろうか。彼らは迷いながらも2枚の作品を選んでくれた。

「『Montreux Jazz Festival』っていうライヴ盤です。この頃のエリス・バンドのメンバーはすごいんですよ。みんな脂が乗りまくってて、スタジオ録音では見えなかった部分も聴こえてくる。この盤はエルメート・パスコアールとの曲も入ってますし、いちばん聴きましたね」(藤本)。

「私は79年の『Elis Vive』というライヴ盤。サウンド的には少し80年代風味が入ってきてるんですけど、エリスの歌という面ではこのライヴは本当に神懸かってるんです。ここに入ってる“Basta De Clamares Inocencia”がすごくて、orange pekoeのライヴ前になると必ず聴いていた時期があった(笑)」(ナガシマ)。

没後40年となる2022年にもまたトリビュート盤を作りたい?──取材の最後にそんな質問を投げかけると、ナガシマは「それ、いいですね。私も43歳ですから、味が出ててええんちゃう(笑)?」。彼らとエリスの付き合いもまだ10年と少し。没後50年、60年後のトリビュート盤もぜひ聴いてみたいものです!



▼藤本一馬の最新ソロ・アルバム『Dialogues』(quiet border/NRT)

 

▼関連盤を紹介。

左から、いずれも79年録音のライヴ盤『Montreux Jazz Festival』『Elis Vive』(共にWarner Bros.)

カテゴリ : ピープルツリー

掲載: 2013年01月23日 15:30

更新: 2013年01月23日 15:30

ソース: bounce 351号(2012年12月25日発行号)

インタヴュー・文/大石 始

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