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カテゴリ : スペシャル

掲載: 2013年03月06日 17:59

更新: 2013年03月06日 17:59

ソース: bounce 352号(2013年2月25日発行)

文/轟ひろみ

 

〈TOKYO ROCKS 2013〉のキュレーションを務め、illionの海外デビューにも深く関わっている男は、かつてあのクリエイションを運営した男でもある。ここではそんなアラン・マッギーのキャリアと功績について振り返ってみよう

 

AlanMcGee&Bobby_A

 

ポップ・ミュージックの歴史においては、時として表舞台に立つ者以上に裏方がスポットライトを浴びることもある。ロックの史書においてその筆頭に挙げられるひとりがアラン・マッギーだ。ある世代のリスナーに対して彼の名前の威光には絶大なものがあるわけだが、逆に言うと、NME誌において〈TOKYO ROCKS 2013〉への関与が彼の〈復帰〉と絡めて語られていた通り、ここ数年の彼は隠居状態だったわけで……昨今のバンドを目当てとする若いファンにしてみれば、〈誰?〉と思うかもしれない。そんなわけで、ここでは彼の歩みをごくごく簡単に紹介しておこう。

アラン・マッギーは60年9月にグラスゴーで生まれている。パンクの洗礼を経て、学生の頃からボビー・ギレスピーやアンドリュー・イネスらと遊んでいた彼は、やがてラフィン・アップル(後にビフ・バン・パウ!へと発展)なるバンドを結成。17歳でドロップアウトすると、ロンドンでフルタイムの仕事を勤めながらクラブ経営を始めている。そして、新たにリヴィング・ルームをオープンした84年、ジョー・フォスター(スローター・ジョー)と共同で設立したインディー・レーベルこそがクリエイションだった。

設立当初からリヴォルヴィング・ペイント・ドリーム(アンドリュー・イネスが在籍)や同郷グラスゴーのパステルズらの7インチをコンスタントに発表していったクリエイションだが、その人気に火を点けたのは友人のボビーも一時在籍したジーザス・アンド・メリー・チェインだろう。〈新しいセックス・ピストルズ〉と報じられた悪名高いライヴでバズを作り出すアランの才覚もあって、彼らの“Upside Down”(84年11月)はインディー・チャートで首位を獲得。彼らをメジャー契約にまで結びつけたクリエイションは勢いに乗り、ボビーが新たに結成したプライマル・スクリーム、モーマス、ブロウ・アップ、ハウス・オブ・ラヴ、スワーヴドライヴァーらを次々に送り出していく。もともとは友人たちのレコードをリリースするための受け皿という意味合いもあったようだが、ライヴを観てすぐ申し出たというマイ・ブラッディ・ヴァレンタインやオアシスとの契約エピソードからもわかるように、自身のセンスに任せてとことん入れ込んだバンドと契約するアランの慧眼は、レーベルへの信頼度をどんどん高めていくことになった。その時代ならではのパーティー・ライフに浮かれてドラッグ中毒に陥りながらも、この頃の彼はメジャー・ビジネスへのカウンターとなることでパンクとしてのアティテュードを表明していたのだろう。

90年代に入ってからもライドやティーンエイジ・ファンクラブ、スロウダイヴ、ヴェルヴェット・クラッシュ、BMXバンディッツ、ブー・ラドリーズらが支持を集めていくが、一方ではMBVのアルバム・レコーディングに要した巨額の制作費によってレーベルは経営破綻に瀕している。ソニーの資本が入ることで危機は脱するものの、文字通りのインディペンデントだったクリエイションは実質的に終わりを告げることとなった。それはアラン自身が〈パンク・レーベル〉と表現する時期とも重なっている。94年に送り出したオアシスが翌年にかつてないほどのブレイクを果たすと、時流に乗ったクリエイションもビッグなレコードを望まれるブランドへと肥大化していく。そこに当初の〈らしさ〉を望むのは筋違いというものだろう。

99年にクリエイションが消滅するとアランは新たにポップトーンズを始動させ、ハイヴスがブレイクする契機を作ったり、パディントンズを見い出したりもした。が、2007年にはその経営も破綻。その前後からリバティーンズ〜ダーティ・プリティ・シングスやシャーラタンズらにマネージャーとして関与していたものの、2008年には音楽ビジネスから引退していた。が、その遺伝子は現代の音楽業界にも息づいているし(例えば、ウィチタを設立したディック・グリーンはクリエイションの元スタッフだ)、そうでなくても彼にはまだ果たすべき役割がある。〈TOKYO ROCKS 2013〉やillionのデビューはアランにとっても前線復帰の大きな一歩に他ならない。

 

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