1970s : TRIP OF A YOUNG DAY――太平洋の向こう側に呼び寄せられていった、若き日の旅路
中高生の時分でレイ・チャールズのレコードに合わせてがなったり、エロール・ガーナーやチャーリー・パーカーなどジャズ全般にハマって早くもトリップしていた誠(麻琴)少年。デビュー後の70年、そんな彼に初めての旅を決意させた青春秘蔵盤は、初期グレイトフル・デッドのサイケデリックな名作群だった。その後、フランク・ザッパ&マザーズから独立したローウェル・ジョージ率いるリトル・フィートの最高傑作『Dixie Chicken』から、タイトル曲を夕焼け楽団『セカンド・ライン』でカヴァー。また、同曲を先に取り上げていたジョン・セバスチャンの『Tarzana Kid』から、ラヴィン・スプーンフルの持ち曲でもあった“Wild About My Lovin'”を『ディキシー・フィーバー』でカヴァーしたりと、こうした確かな交感を他のアルバムでも折に触れて実現する。そのセバスチャンが推すジム・クウェスキン・ジャグ・バンドの『Garden Of Joy』もまた麻琴流サマー・オブ・ラヴの指標だったはず。そこから巣立ったジェフ・マルダーとエイモス・ギャレットのデュオ諸作も、佇まいが夕焼け楽団に通底しており、その2人やロニー・バロンのベター・デイズ組、リヴォン・へルム&RCOオールスターズで来日したボビー・チャールズ、スティーヴ・クロッパーらは、やがて共にセッションで魂通わせる同志に。
ザ・バンド『Last Waltz』を実体験した後、趣は国境の南へ。ニューオーリンズでドクター・ジョン、ミーターズ、アラン・トゥーサン、ジェイムズ・ブッカーといった異才の放つ魔性のリズムに憑かれ、テックス・メックスの王者と呼ばれるダグ・サーム、ハワイアン・スラック・キー・ギターの元祖となったギャビー・パヒヌイ、アフロ・サンバの創始であるバーデン・パウエルほか、ただならない気を発する各地の源泉を探訪。しかし、これはまだ一巡目。ここからまた新たな旅が、豊潤な音を求めて繰り返されていくのである。
▼関連盤を紹介。
左から、レイ・チャールズの60年作『The Genius Hits the Road』(ABC)、リトル・フィートの73年作『Dixie Chicken』(Warner Bros.)、ジョン・セバスチャンの74年作『Tarzana Kid』(Reprise)、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドの67年作『Garden Of Joy』(Reprise)、ジェフ・マルダー&エイモス・ギャレットの78年作『Geoff Muldaur & Amos Garrett』(Flying Fish)、レヴォン・ヘルム&RCOオールスターズの77年作『Levon Helm &The RCO All Stars』(ABC)、ドクター・ジョンの72年作『Gumbo』(Atco)、ミーターズの74年作『Rejuvenation』(Reprise)、ダグ・サームの73年作『Doug Sahm And Band』(Atlantic)、ギャビー・パヒヌイの75年作『The Gabby Pahinui Hawaiian Band, Vol. 1』(Panini)、バーデン・パウエル&ヴィニシウス・ヂ・モライスの66年作『Os Afro-Sambas』(Forma)
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