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河野克典&小林沙羅 ミュラーと松本隆 2つの 「冬の旅」

カテゴリ
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公開
2013/12/12   10:00
ソース
intoxicate vol.107(2013年12月10日発行号)
テキスト
text:池田卓夫(音楽ジャーナリスト)


河野克典_小林沙羅_A
河野克典/小林沙羅(©岩切等)



「異化」から「同化」へのプロセス~女声日本語と男声独語の「冬の旅」

JR上野駅前の東京文化会館。1961年開館の老舗ながら時々、斬新な自主企画を打つ。2014年1月31日。フランツ・シューベルト217回目の誕生日に同会館小ホールで行う「Music Weeks in TOKYO 2013 プラチナ・シリーズ」の第5回、「ミュラーと松本隆 2つの『冬の旅』」もまた、とんでもない実験精神を宿している。

連作歌曲集「冬の旅」の全24曲は作曲者31歳という若すぎる死の年、1827年に完成した。シューベルトがテキスト(歌詞)に採用したのは「美しい水車屋の娘」と同じ、ヴィルヘルム・ミュラー(1794~1827)の詩。ミュラーも33歳の誕生日の6日前、心臓発作で急死した夭折の芸術家である。

しかしながらミュラー、シューベルトとも創作当時は30代初めの青年だ。健康への不安や私生活の蹉跌があったにせよ、「近未来」への希望は十分以上にあったと考えるべきだろう。

日本で「冬の旅」を愛聴、延々と蘊蓄を傾ける人の多くは高齢で、自らをインテリと自負する。「名演」の規定も知性派バリトン歌手の音源や実演に集中してテノールや若手、ましてや女声による解釈への評価は歴史的に低い。背景には西洋音楽を本格導入した文明開化期、音楽教育の指導者がドイツ系に偏り、聴き手にも「教養としての音楽」を求めた風潮の痕跡が横たわる。

この受容形態が「冬の旅」を必要以上に「老人音楽」に奉ったのではないか? 青春とは傷つきやすく残酷ながら、リベンジのチャンスが無限にある。伝説のロックバンド、はっぴいえんどのドラマーから作詞家、小説家、音楽プロデューサーへと転身した松本隆が1990年代初頭に「冬の旅」を自らの日本語で再プロデュース、五郎部俊朗のテノールと岡田知子のピアノで録音(BMG=現ソニー)したCDを聴いた瞬間、若干の違和感を覚えつつも、「シューベルトの青春が甦った」かのような感触を抱いた。

今回、東京文化会館では「亜流」とされる日本語版を、さらに例外のソプラノに歌わせ、ドイツ語版は定番のバリトンで対比を際立たせる。ブレヒト流に言えば、受け手を敢えて未知のゾーンに置く「異化」の世界から、外国語でも馴染みのある「同化」へと、一晩で移動する野心的な企画である。小林沙羅は目下ウィーンで研さん中の新進、河野克典はかつてウィーン国立歌劇場の研修所で学んだ名歌手だ。ピアノもジャンルを越えて活躍する小原孝が日本語、ウィーン音楽大学の優秀な歌曲指導者だった三ツ石潤司がドイツ語と、万全の布陣。音楽と言葉という命題を考える上でも、意義ある催しといえる。



LIVE INFORMATION


Music Weeks inTOKYO 2013 プラチナ・シリーズ 第5回
河野克典&小林沙羅 ミュラーと松本隆 2つの「冬の旅」
○2014/1/31(金)18:30開演
【出演】小林沙羅(S)小原孝(P)[日本語版] 河野克典(Br)三ツ石潤司(P)[原語版]
【曲目】シューベルト:「冬の旅」 D.911(松本隆訳 日本語版)、「冬の旅」 D.911(原語[ドイツ語]版)
【会場】東京文化会館 小ホール
http://www.t-bunka.jp/



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