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第108回 ─ あなたはどっち派? ケイジャン・ダンス・パーティとエル・ミラーノ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2008/03/13   14:00
更新
2008/03/13   17:42
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、08年の英国ロック界で高い注目を集めている2つのバンド、ケイジャン・ダンス・パーティとエル・ミラーノについて。

  ケイジャン・ダンス・パーティのシングル“Amylase”の、あのかっこいいサビをぼくは〈資本主義者が時間を早くして、ぼくは怠けもの……〉なんて感じで歌っているんだろうと思っていたんだけど、よく聴いたら全然そんな風には歌っていませんでした。ぼくは一体どんな耳をしているんでしょう。自分はなんでも政治と絡めて解釈してしまうのがダメですね。

あのサビの印象的なフレーズは〈You're the catalyst that makes things faster, Amylase will dry up the plaster〉。〈Catalyst〉は触媒者って意味で、〈Amylase〉とは、膵液や唾液に含まれる消化酵素。微生物の分泌するアミラーゼは工業的に大量に生産され、製糖、食品加工、胃腸薬、 衣料製造、洗剤などに利用されている……なんてウィキペディアの受け売りですけど(笑)。〈Plaster〉は石膏なのかな。こうして単語をちょっと調べると、なんとなく意味は分かると思いますが、高校の科学の授業のような単語で恋を歌っているのが若い感じでいいですね。

  全体的に綺麗に韻を踏んでいて、意味よりも言葉の美しさで単語を選んでいっている感じでしょうか。凄く優等生な感じがいいです。ぼくは英語がだめなので、英詩のことはあまり分からないんですが、なんとなくスモーキー・ロビンソンとかの歌詞に似ているような気がします。一つ一つの単語では何を言っているのかよく分からないけど、全体的に読むと言葉の音の綺麗さにやられながら、何となくこういうことを言っているのかなと分かってくるような歌詞のスタイル。とにかくかっこいい。「自分たちはリヴァティーンズ以降のバンドとは全然違う」と明言しているケイジャンらしく、散文詩の感じではなく、伝統的な詩の感じなのがいいです。

  ケイジャンのユニオン・チャペルでのライヴ映像なんかを見ると、彼らはアーケイド・ファイアに一番影響されているのかなという気がします。そこにイギリスの音楽シーンの伝統が加わった感じが素晴らしい。ヴァンパイア・ウィークエンドにしてもそうだけど、最近はこういう音の傾向のバンドが多くなってきていますね。この手のバンドは、最初はどこか弱い感じがして嫌だったんですけど、いまはぼくも感化されてきてます。

  アーケイド・ファイアや、同じくカナダのバンドであるブロークン・ソーシャル・シーンの音楽は、その昔ヨーロッパの人たちが迫害され、国を追われ、新大陸で新しい空気や色々な人たちと混ざりながら演奏していた音楽に似ているような気がします。ロックンロール誕生前夜の音楽。黒人と出会って白人はファンキーになったのではなく、白人ももともとファンキーだったんだよ、という軽快さと熱さを感じるんですよね。ジプシー音楽の素晴らしさを現代に甦らせようとしているみたいで、ぼくはいま凄く興味を持っています。

そうした動きがMySpaceとかを通じて、全世界の色んなエリアの若い人たちから多発的に生まれている感じがかっこいいなと。まさに新しい音楽シーンが形成されていっているなと思っています。日本からもそろそろこういう動きが出てくるのでしょうか。

  ケイジャンは業界的にもビッグになりそうな雰囲気です。でもぼくは、エル・ミラーノの方がビッグになるんじゃないかと思っているのですが、どうでしょう。エル・ミラーノはブラッド・レッド・シューズに近い感じがします。ニルヴァーナなどのグランジがいまに甦り、イギリスっぽくなって帰ってきたなという感じ。

エル・ミラーノは、自分たちでミドル・クラス出身と言っているのもオーッと思ってしまうのですが、彼らが喋っているのを見ると本当に金持ちのおぼっちゃんという感じです。詩もケイジャン同様しっかり韻を踏んでいる。しかもケイジャン以上にT・S・エリオットの小説を読んでいるかのようで、かっこいいなと思ってしまうのです。T・S・エリオットは読んだことないんですけど(笑)。

ケイジャンとエル・ミラーノ、みなさんはどっちが好きですか? ぼくはエル・ミラーノ派なんですが、果たしてどっちがビッグになるんでしょうね。