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第113回 ─ 初期の808ステイトを聴きながら、80年代末のUKダンス・カルチャーを思う

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2008/05/22   22:00
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、先ごろリマスター化されて再発売となった808ステイトのセカンド・アルバム『Quadrastate』について。

  リマスター化され、入手困難だったシングル“Let Yourself Go”など貴重なボーナス・トラックが追加された808ステイトのセカンド・アルバム『Quadrastate』が売れているらしい。そして、今年の後半にはZTT時代のアルバムもボーナス・トラック付きで再発されていくようだ。これが出た当時は、本当かどうか分からないが、モリッシーが808ステイトとアルバムを作りたいとか言っていたらしいんだよな。凄い時代だった。

  ファーストの『Newbuild』、そしてそれ以前の音源を集めた『Prebuild』と続いた復刻三部作を締めくくるのが今回の『Quadrastate』なのだが、古いファンが買っているというより、新しいファンが「やっぱ、この辺の音いいよね」と買っている気がするのだが、どうだろう。ぼくも、チープな機材のTR-808やTB-303(いまは高いけど)と、ちょっとしたシンセサイザーで作った『Newbuild』が凄くかっこよく聴こえる。しかし、復刻三部作なのに、『Newbuild』はもう廃盤なのか、手に入らないみたいだ(限定で凄く売れたのかな?)。

  『Prebuild』には、まだニューウェイヴ臭い曲があってそれも面白いんだけど、ぼくにとってはやっぱり『Newbuild』かな。アシッド・ハウスのようで、アシッド・ハウスじゃない、初期のヒップホップのような太い感じが楽しめる。これぞ本物のエレクトロという感じなのかもしれない。808ステイトのオリジナル・メンバーだった、ア・ガイ・コールド・ジェラルドの2006年作『Proto Acid:The Berlin Sessions』も、まさにこんな感じなんだけど、世界中でこういうのが流行っているんだろうか? 

『Quadrastate』は、『Newbuild』から完全に進化した感じだ。『Newbuild』と『Prebuild』を聴くと、アメリカのハウスやエレクトロというか、デトロイト・テクノをなんとかコピーしようという感じがあるが、『Quadrastate』にあるのは、イギリスの新しいハウスである。デトロイトの人たちはこれを聴いて、お前らは俺たちの音楽をパクった、と言うのかもしれないけど、完全に自分たちの音楽を作っている。ここから、すべてのイギリスのダンス・ミュージックが始まったような気がする。

  レフトフィールドもライオンロックもケミカル・ブラザーズも、808ステイトと同時期に活動していたのだろうか。飛んでいたのか、それとも自分の音楽的知識がなさ過ぎたのか、86年から90年くらいまでの記憶が曖昧過ぎるのだ。だから、この時期に本当に何があったのか、もう一回ちゃんと検証し直したいなと思っている。

  ウェアハウス・パーティーが盛んになりだしたのはいつ頃だったのだろう。凄い面白かったのは、23スキドゥーとか、テスト・デパートメントとかがやっていたパーティーだ。アフリカン・センターではソウルIIソウルがパーティーをやり、マッシヴ・アタックはワイルド・バンチと名乗っていた。

ゴーゴー(ワシントン産の生ヒップホップ?)をロンドン・レコードがコンピにして、それが売れたかどうか知らないが、その後すぐにシカゴ・ハウスのコンピも作って、それは普通にポップ・チャートに入った。テン/ヴァージン・レコードはデトロイト・テクノのコンピを作って、そこからはインナー・シティが脚光を浴び、大ヒットを飛ばした。

でもクラブ・シーンでは、そういう音楽は、まだそんなに盛り上がっていなかったような気がする。その間にはベルギーから登場したニュー・ビートもあったし、イタロ・ハウスもあった。昔の「DJ Mag」誌とかを見直しながらもう一度歴史を振り返りたい。自分は本当にただ踊っていただけのような気がする。音楽のことなんか分からずに。

いま『Quadrastate』を聴くと、そんなことが思いだされて恥ずかしくなるな。子供の頃、ブルースのブの字も分かっていなかったように、ぼくにはこうした新しいダンス・ミュージックの本当の姿が見えてなかったような気がする。そして、いま生まれている新しいダンス・ミュージックの本当の姿も分からないのかもしれない。でもぼくはやっぱり、その世界に入りたいし、この前の時よりも、もう少し理解したいと思う。