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第118回 ─ アメリカ的な音楽を一貫して奏で続けるベック

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2008/07/31   14:00
更新
2008/07/31   19:14
テキスト
文/久保 憲司

「NME」「MELODY MARKER」「Rockin' on」「CROSSBEAT」など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、米国オルタナ・カルチャーの寵児、ベックの10作目となるアルバム『Modern Guilt』について。

 ベックって、サイエントロジストだったのね。ジョン・トラボルタにトム・クルーズ、そしてベック。サイエントロジストには共通した感じがありますね。

  ベックの名盤『Sea Change』の1曲目“The Golden Age”は、あの音に包まれるだけで、体が震えて涙が出そうな感じだった。そして、サビに入るとベックの声と音が見事に溶けあって、本当に涙が出た。デビュー・アルバム『Mellow Gold』でドカーンと売れたのに、『One Foot In The Grave』というフォーキーなアルバムを出すというベックな流れ。『Odelay』=ポップ、『Mutations』=フォーキー/メロウ、『Midnite Vultures』=ポップという交互な流れ。それがあったから、次に出た『Sea Change』もフォーキーと思っていたんだけど、いま聴くとむちゃくちゃサイケですね。

  『Mutations』もいま聴き直すとむちゃくちゃアシッド・フォークでかっこいい。その完成形が『Sea Change』だったような気がする。あの頃は〈ローファイ〉というキーワードに惑わされてました。自分が何も見えていなかったのが恥ずかしいです。この連載の第33回で『Guero』のことを書いているんですが、これもほとんど間違っていますね。〈ベックはアメリカ人っぽくなくて、イギリス人っぽい〉だって、恥ずかしい。ここでのベックのサイケ感はヨーロッパ的なサイケじゃなくて、完全なるアメリカ人のサイケです。『Sea Change』はアシッド・フォーク/アシッド・カントリー(そんな言い方があるのか知りませんが)の最高傑作と言ってもいいんじゃないでしょうか、しかもレイドバックしてるんじゃなくて、最先端のアシッド・フォーク。

  ベック本人いわく「クラッシュ『Sandinista!』やビートルズ〈The White Album〉のようなアルバム」という、色んな曲がたくさん入った『The Information』を経て作られた今作『Modern Guilt』は、リリース告知からたったの一ヶ月で発売という驚異的なアルバムだ。『Odelay』『Midnite Vultures』『Guero』にサイケをうんと足したロックなアルバムなんじゃないでしょうか。と、こう書いても『Odelay』『Midnite Vultures』『Guero』にサイケ色がなかったとも言えないんですが。

アメリカで生まれたサイケという音楽は、イギリスやフランスなどヨーロッパの人にとって、とっても重要な音楽です。でも、ぼくら日本人やアメリカ人にとっては、「巨人の星」や「奥様は魔女」などで、グレた主人公がディスコに行くとかかっているような音楽なんですよね。その音楽に合わせて、主人公がヘタクソなモンキー・ダンスをする……みたいな、要するに日本とアメリカではバカにされている音楽なんです。

でもこうしてベックを聴いていると、彼がサイケを、ブルースやロックンロール、ロカビリーと同じように大事な音楽としてちゃんと捉えていることがわかる。こういうことをわかっている人がアメリカにもいるんだと感動します。

ブルースもロックンロールもサイケも、その時代の若者たちの叫びだと思うのです。たった2年くらいで消費され、飽きられた流行かもしれませんが、そのときのパワーは本物だし、いまもそのときの力はレコードを聴けば甦ってきます。ベックはそういうことをちゃんと理解してやっているんだなということが今回、改めて分かりました。アメリカ人も見過ごしているアメリカ的なものの本質を継承して、やり続けているんですね。

  そして、ラモーンズやソニック・ユース、バットホール・サーファーズなど、本当にアメリカ的で革新的なバンドは、イギリスのマーケットやメディアを必要としています。かの〈サブ・ポップ〉レーベルも、イギリスの音楽誌「メロディー・メーカー」の編集者とカメラマンを呼ぶことから、すべてを始めました。だから賢いアーティストがイギリス受けする作品を作っていくのは普通のことなのです。ベックにしてもそれは一緒。だから彼のことを〈イギリス人っぽい〉なんて思ってしまったのかもしれません。

  でも、今作は、ちょっと暗過ぎるような歌詞が気になるんですけど(って、英語はよく分からないんですが)。もちろん、バブルとバブル崩壊が10年ごとに繰り返されているような狂った資本主義社会のなかで、いつ崩壊しても不思議じゃない世界のなかで生きていると、こうなるのは当然かもしれない。でも、アメリカ人らしく、少しは気楽に歌ってもいいかなという気もするんですけどね。“Loser”はそういう歌だったとも取れるんです。またそういうベックが聴きたいな、という気がぼくはいつもしています。