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第188回 ─ 祝デビュー30年! どうしてスリッツはこんなに気持ちイイの?

連載
360°
公開
2009/10/21   18:00
ソース
『bounce』 315号(2009/10/25)
テキスト
文/村尾 泰郎

  何でもかんでも最初が良いってわけじゃないけれど、女性だけのパンク・バンド第1号がスリッツだったことは、ロックの歴史にしっかりと太字で書かれるべき重要な出来事だ。パンクは閉塞したロック・シーンを破壊したものの、男性優位のマッチョ志向はそのまま受け継いでしまった。そのせいで真の意味で自由になれなかった男たちを尻目に、スリッツは〈パンク〉で好き勝手に自分たちを着飾った。楽器ができなくてもノイズを掻き鳴らせばOK――そんなパンク最大の美点をめいっぱい活用して、彼女たちにしかできない音楽を轟かせたのだ。

楽器が弾けなくて何が悪い!

 ことの始まりは、76年にロンドンで行われたパティ・スミスのライヴだった。そこで14歳の少女、アリ・アップ(ヴォーカル)は、パルモリヴ(ドラムス)と知り合い、〈女だけのパンク・バンドをやらない?〉と誘われる。この2人が中心となって、77年にスリッツは活動を開始した。その後、メンバーは激しく入れ替わるが、初期メンツはアリとパルモリヴに加えて、ヴィヴ・アルバースタイン(ギター)、テッサ・ポリット(ベース)の4人。ほとんど楽器を演奏したことがなかった彼女たちは猛特訓を重ねたそうで、そんな折にデビューしたばかりのクラッシュから〈前座としていっしょにツアーを回ろうぜ!〉という申し出が舞い込んできた。ドン・レッツ監督のドキュメンタリー映画「The Punk Rock Movie」には、そのツアー中のヴァンの車内風景が記録されているのだが、クラッシュのミック・ジョーンズが彼女たちにギターを教えているシーンもあったりしてなかなか微笑ましい。

 この時期の音源は『The Peel Sessions』や『In The Beginning』といったライヴ編集盤、またはデモ音源集『Bootleg Retrospective』に収められている。そこではパンクというジャンルを踏み台に、思いつくままフリーキーな演奏を展開していて、例えば『Bootleg Retrospective』にはパーカッションだけをバックに呪文のように歌い続ける曲(途中、電話のベルや飛行機のジェット音が良い感じで入ってくる)もあったり……。取りとめがないと言えばそれまでだが、ここでの瞬発力は凄まじいの一言。そんな彼女たちのカオティックなサウンドに、ひとつの方向性を与えたのがレゲエだった。当時、スリッツを乗せたツアー・ヴァンではドン・レッツが編集したレゲエのカセットテープが鳴り響き、盟友のクラッシュもレゲエに急接近していた。そして79年、UKレゲエ界の重要人物であり、ポップ・グループ『Y』を手掛けたデニス・ボーヴェルをプロデューサーに迎えて、スリッツはファースト・アルバム『Cut』を発表。レゲエ/ダブの手法を大胆に採り入れた同作は、ポスト・パンクを象徴する一枚として大きな注目を集めることになる。


スリッツのライヴ音源集『The Peel Sessions』(Strange Fruit)