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第25回――恐怖!? 13階の怪

再発先生奇談

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2011/03/22   16:13
更新
2011/03/22   16:15
ソース
bounce 329号(2011年2月25日発行)
テキスト
文/内山田百聞


続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!



私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。

〈居酒屋れいら〉でドロドロの音楽を聴かされたので心機一転、鮮烈かつ高度なコーラス・ハーモニーが駆け巡るフリー・デザインの67年作『Kites Are Fun』(Project 3 Total Sound/Light In The Attic/SOLID)を携帯プレイヤーにセットした。ソフト・ロックの名品だけあって心が浮き立つ思いでいつもの道を帰るつもりだったが、気付けばなぜか長い土手の上にいた。片側には背の高い葦が密集して、土手の上まで覗いている。片側には大きな波が打っていて、どうも海のように思える。

しばらく行くと向こうから顔色の悪い女が歩いてきて私にお辞儀をした。誰だか思い出せないままお辞儀を返すと、女は不意にCDを手渡した。ある意味13thフロア・エレヴェーターズ以上にサイケ・ファンの魂を揺さぶる伝説のバンド、インデックスの67年のデビュー作と68年の2作目に未発表音源を追加した2枚組『Black Album + Red Album + Yesterday&Today』(Lion/ディスクユニオン)だ。強烈なワウ・ギターの歪みが脳内を掻き回して不安感を煽る。

女は私と並んで歩き出したが、少し行くと懐からまたCDを出し、聴けと催促する。イタリアの前衛ジャズ・ロック・バンド、アレアの75年作『Crac!』(Cramps/MARQUEE)である。地中海の香りを濃密に内包した緊迫感と加速度のあるサウンドに手に汗握っていると、葦の向こうから季節外れの花火がいくつも上がるのが見えた。

それが合図かのように女はカンタベリー系プログレの最高峰、ハットフィールド&ザ・ノースの80年に発表された編集盤でこのたび初CD化となる『Afters』(Virgin/EMI Music Japan)を手渡してきた。シングル曲やライヴ音源も収録したアンソロジー的な内容だが、一枚のアルバムとしても十分聴き応えがある。するとスリリングな演奏に合わせるように、急に蘆の原に火の粉が上がった。花火が落ちたのか、「いまに一面焼けて参りますから急ぎましょう」と女が急かした。

足早に歩くと、土手が途切れて長い廊下の入り口に出た。進むのを躊躇する私に、女がまたもやCDを差し出した。おお、夭折の天才画家ジャン・ミシェル・バスキアがヴィンセント・ギャロらと組んでいた幻のバンド、グレイの音源をまとめた『Shades Of...』(Plush Safe/XVI)だ。ノーウェイヴ特有の尖ったアヴァン・ロックが炸裂した逸品だが、もはや聴いている心の余裕がない。私は怖くなり引き返そうとすると、急に女がしがみついて「浮気者浮気者」と叫んだ。私は喉がつかえて声も出なかった。