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パスピエ 『わたし開花したわ』

連載
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公開
2011/10/26   17:59
更新
2011/10/26   17:59
テキスト
文/出嶌孝次




自主制作された『ブンシンノジュツ』を最初に聴く前は、曲名やアートワークの印象からずいぶん思わせぶりだな、と思ったものです。言わずもがなの相対性理論をはじめ、アーバンギャルド、フレネシ、さよならポニーテールなんかと同じタグが付いていそうな匂いは、隠し立てする必要もなく多くの人が感じ取るに違いありません。オタク社会やネット文化と親和性の高いフックを忍ばせて受け手の自意識をくすぐる系は大好物だったりするのですが、最近はどんどん代理店ノリのサブカルみたいなのも増えてきてるから匙加減が重要ですよね……なんて思いつつ実際に聴いてみたら、まるで、素晴らしく違う方向に裏切られたという。


このパスピエは成田ハネダ(キーボード)を中心に、大胡田なつき(ヴォーカル)、三澤勝洸(ギター)、露崎義邦(ベース)、やおたくや(ドラムス)が集まった5人組。バンド名はドビュッシーによる〈ベルガマスク組曲〉の終曲に由来しているのだそう。アニメと椎名林檎と唱歌の間を行く大胡田の歌唱は、彼女が以前やっていたバンド時代の個性をよりストレートに響かせたもののようで、極度にデフォルメされているわけではないのでしょう。むしろ、天衣無縫にのびのびと歌っている気配が強まったぶん、例えばYUKIのように邪気と無邪気をない交ぜにしたパワフルさがすごく快いのです。


そんな魅力的な歌を支えるバンドのめちゃくちゃタイトな演奏/アレンジ力も大したものですが、なかでも人を食った名前で全曲を書いた成田ハネダの鍵盤がキーになっているのは間違いないでしょう。いい感じの女声を備えた音楽はともすれば雰囲気モノでもOKとなってしまいがちですが、パスピエの曲にはノリやムードやコンセプトで押し切る瞬間がまるでない。成田の書く曲はいますぐ他の人に提供しても大丈夫そうな、歌い手を選ばないほどの端正なメロディーを備えています。もっとも、ノスタルジックな何かを喚起する大胡田の存在感と演奏のダイナミズムによってパスピエならではの何かが生まれているのは確かなのですが。


今回タワレコ先行でリリースされたファースト・アルバム『わたし開花したわ』には以前から配信されていた“電波ジャック”などの既出曲も新録ヴァージョンで収録されています。清涼感のあるシンセやピアノの響き、細やかなギターを軸にしたニューウェイヴな感触は全編に貫かれていますが、なかでもすこぶるポップな“真夜中のランデブー”や“うちあげ花火”には最初の瞬間からハッとさせられました。マジで。あ、“チャイナタウン”もいい。8曲中6曲ぐらいは最高ですよ。


もちろん何かしらの既聴感を感じないわけではないし、それでも表面的なあざとさを忌む人もいるのでしょうが、真正面から受け止めないと損をしそうなほど、楽曲それぞれのクォリティーの高さはズバ抜けています。そこにどんな企てがあろうとも、仮にそうであっても、この匙加減の巧さには完敗です。素晴らしい!