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第34回――由紀さおり

連載
その時 歴史は動いた
公開
2012/05/30   00:00
更新
2012/05/30   00:00
ソース
bounce 344号(2012年5月25日発行)
テキスト
文・ディスクガイド/桑原シロー


由紀さおり_A

2011年の暮れ、NYの観光名所でもあるタウンホールのステージ上に、幸せそうな表情を浮かべる由紀さおりが立っていた。これは彼女が同行したポートランドのジャズ・オーケストラ、ピンク・マルティーニのワールド・ツアーのひとコマ。由紀と彼らとの共演作『1969』を通じてこの日本人シンガーを〈発見〉したばかりだった観客たちは、澄んだビューティフル・ヴォイスに直に触れて大感激し、拍手喝采を送った。〈いかがかしら?〉とでも言いたげに、客席に向かって彼女が手を広げてみせた〈その時〉、われわれ日本人は歌謡曲が世界で通用する音楽だと知ったのである。 『1969』でもリメイクされた名曲“夜明けのスキャット”を携えて、由紀さおりがデビューを果たしたのは69年のこと。癖がなくてピュア、透明感があってエレガント、艶やかでいてどこか憂いを感じさせる歌声は、大人の音楽を求めるリスナーたちに支持された。演歌にジャズ、そして童謡まで、多様なジャンルの曲を歌いこなせるオールマイティーな歌手だが、洋風の洒落たメロディーを歌うときが何よりも最高で、なかでもソフト・ロック・ファンからの人気も高いミディアム・バラード“生きがい”は、〈酔い覚ましの清涼剤〉と評価を受けた彼女の本領発揮!な傑作だ。また、芸達者な彼女は、歌手活動だけでなく女優としても活躍。松田優作主演の映画「家族ゲーム」(83年)では日本アカデミー賞助演女優賞を獲得している。さらにコメディエンヌとしての顔も持ち、「ドリフ大爆笑」などのコント番組でテンポの良い演技を披露、お茶の間の人気を集めた。

そんな彼女がいま、ふたたび歌謡曲の真髄を伝える歌手として脚光を浴びている。世界20か国以上でリリースされ、大ヒットを記録した昨年発表の『1969』によって、多くの日本人が歌謡曲にときめく心を取り戻したようだ。ピンク・マルティーニのリーダー、トーマス・ローダーデールがかつて地元の中古レコード屋で由紀の初作『夜明けのスキャット』をジャケ買いしたことがすべての発端だが(そのなかの1曲“タヤタン”をバンドでカヴァー。それを偶然耳にした由紀のスタッフが共演オファーをし、後にコラボ盤の制作へと発展する)、この物語にはまだまだ続きがあるような気がしてならない。とにかく世界が彼女の新作の到着を待っているのだ。そして、6月5日から待望の由紀さおり&ピンク・マルティーニのジャパン・ツアーが始まる。喜ばしいことに、その直前には入手困難だった60〜70年代のオリジナル・アルバム8タイトルも初CD化される。良質な歌謡曲が詰まったこれらの作品にじっくりと耳を傾けながら、次なる展開を待ちたい。

 

由紀さおりのその時々



由紀さおり/PINK MARTINI 『1969』 Heinz/EMI Music Japan(2011)

いしだあゆみ“ブルー・ライト・ヨコハマ”からセルメンの“マシュ・ケ・ナダ”まで、由紀がデビューした69年にヒットした楽曲をカヴァーするというコンセプトで制作された異色のアルバム。あの時代の歌謡曲から嗅ぎ取れるほのかなエキゾ臭もちゃんと再現してみせたサウンド・プロダクションは拍手ものだ。

 

由紀さおり 『男のこころ〜由紀さおり フランシス・レイを歌う』 EMI Music Japan(1971)

フランス映画界を代表する作曲家の楽曲をフィーチャーした本作では、フレンチ・テイストの甘い旋律と由紀の歌声の相性が抜群だってことを理解できるはず。“男と女”“白い恋人たち”といった洗練度の高い名曲が、彼女のエレガンスをグッと引き立てているオシャレなポップス・アルバム。

 

由紀さおり 『故郷〜由紀さおり ビッグ・ヒットを歌う』 EMI Music Japan(1972)

エレピの響きが切なさを煽るヒット曲“故郷”をメインにした10作目。ここですべてのアレンジを手掛けているのは、「ルパン三世」の音楽でお馴染みの巨匠・大野雄二。彼のペンによるオリジナルが名曲揃いで、とりわけジャジーな味付けが施された“雪のワルツ”はメロウの極みと言うべき仕上がりだ。

 

由紀さおり 『う・ふ・ふ〜由紀さおり 宇崎竜童を歌う』 EMI Music Japan(1977)

通算17作目では、宇崎竜童による楽曲をまとめている。小唄調の節回しがイカしている“う・ふ・ふ”をはじめ、宇崎作らしいメロディーが彼女の声質とピッタリとフィットしており、気持ち良く酔わせてくれる。山口百恵“横須賀ストーリー”など、彼女なりの解釈が施されたカヴァー曲も楽しい。

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