こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

NEWS & COLUMN ニュース/記事

第23回 ─ Joao Gilberto@東京国際フォーラム 2003年9月11日(木)

連載
ライヴ&イベントレポ 
公開
2003/09/25   16:00
更新
2006/01/19   18:37
テキスト
文/ダイサク・ジョビン

故アントニオ・カルロス・ジョビンと共にボサノヴァ音楽を作り上げた天才、ジョアン・ジルベルトがついに来日。小野リサからsaigenjiまで、日本にも数えきれないくらいの子供たちを産み落としたまさにボサノヴァの神様。本当に実現してしまった、その降臨初日の東京国際フォーラムの模様をレポート!


 ブラジルという国はおもしろいもので、神様がいっぱいいて、それは日本にも似てて親近感が持てます。そして、ブラジルといえば〈サッカー〉と〈音楽〉を真っ先にイメージしますよね。〈サッカーの神様〉といえば、現日本代表監督としてもお馴染みのジーコ。そして、もうひとり有名な神様が〈ボサノヴァの神様〉――ジョアン・ジルベルトですね。私は哲学的概念としての〈神様〉は特に信じたりとかはありませんが、ジーコと、そしてジョアンは理屈なしに神様として捉えています。ちょっと過激な言葉を使わせてもらえば、私は〈ジョアン原理主義者〉ともいえます。でも〈原理主義者〉だからといって爆弾とか作って人を殺したりはしません。あくまでも神様であるジョアンと私――一対一の、個と個としてだけで関係は成立しています。もう一言付け加えるとすれば、私個人の音楽観の中に〈相対〉としてではなく、〈絶対〉として彼の音楽は存在します。

 ここ十年ばかり、ボサノヴァ野郎共の間で毎年毎年、何度も何度も語られてきた神話――〈ジョアンが来日するらしい〉。でも、それはずっと神話として語られてきたもので、その話をするだけでボサノヴァ野郎共は楽しい一時を過ごせていました。そのぐらいジョアンは生きる伝説として存在していて、また現代の神話の中にひっそりと住んでいました。でも、その神話がついに破られる時が来て、ボサノヴァ野郎共はみんな混乱していました。だって、神様が目の前に降臨するんだから――。ジョアン・ジルベルトは〈ボサノヴァを創造した人〉です。そんで超私的極論を言わせてもらえば、ボサノヴァとはジョアン・ジルベルトのことであり、ジョアン・ジルベルトが発する音楽をボサノヴァと呼ぶのです。


 私は仕事の都合で、来日公演の初日だけしか観られませんでしたが、一回観られれば十分でした。その余韻でこれから30年ぐらいはイヤなこととかがいっぱいあっても、気持ちいい気分で過ごせそうです。6時開場で7時開演――でも誰も信じていません。ジョアンはライヴをすっぽかすので有名です。だからみんなホールの外で待たされたり、長蛇の列に並ばされてもそれを楽しんでます。ライヴの前から彼のパフォーマンスというかエンターテイメントは始まっています。私たちは嬉しそうにそのことについて会話を楽しみます。〈ジョアンはまだホテルにいるんだ〉とか〈失踪して関係者は大変なことになってる〉とか……。開場は一時間遅れ、そして中に入ったはいいが、ホールに入れません。今度はロビーで待たされます。おまけにジョアンがエアコンディションを嫌っているので異常な暑さの中、待たされます。私たちはそれも汗をかきながら楽しみます。結局ライヴが始まったのは予定より一時間半ほど遅れて。


撮影 P2 VIBRATION

 あのボソボソとしてボサノヴァ特有の囁き声で一言、「コンバンハ」。それだけで場内スタンディング・オベーション。そしてあとはひたすら声とギターだけで一曲一曲演奏するだけ。なんでジョアンは生きたまま伝説となっているのか? つまり、音楽のためだけに生き続ける、音楽に自分の生涯を捧げる、という楽しいのか苛酷なのかわからない、でもなんだか聴く人の心を凍らせるというか、その純粋さにみんなやられてしまうのです。麻薬的というか、触れてはいけないものに触れた感覚、スリル。ジョアンは恐ろしいまでに40年以上前のデビュー時から全く変わっていない音楽を演奏していました。なのに全く古びていなくてフレッシュに感じるっていうのはどういうことでしょう? そんなに強い魔力を持った音楽を私は他には知りません。また、不思議な感覚だったのが、ジョアンの声とギターを聴いてるうちに自分自身がどんどん子供に戻っていくというか、根源的かつ原初的な存在に戻っていく感じがしたこと。私はジョアンの音楽を〈あの世の音楽〉と勝手に名付けていますが、ジョアンは人智の及ばない領域に入り込んでその感覚を音楽というものに顕在化させているんじゃないか、と思わされます。

 アンコールも含めて全25曲、一曲終わり、割れんばかりの拍手の間は手を顎に持ってきて〈あっちの世界〉に行ってしまう(どうやら次にどの曲をやろうか曲目表を見ていたらしい)。その繰り返し。ウワサに聞いていた、時折左足を激しく揺らす動作も生で観られて良かったです。どうしてボサノヴァは聴いていて飽きないのか? それは、かなりBPM高めで激しくスウィングする音楽だからです。超人的である完璧な音程に完璧なリズムキープ、その上で自由に完璧にコントロールされたヴォーカルと複雑にシンコペートする魔法のギター。〈沈黙さえも凌駕する〉とカエターノ・ヴェローゾに言わしめた、風変わりで洗練されていて美しくて狂ってておかしくて明るくなくて暗くなくて喜びもなく悲しみも怒りも楽しさもない音楽――ボサノヴァという〈芸〉をたっぷりと2時間近く喰らった夜でした。

・Joao Gilberto in Tokyo ,9/11
1. Nao Vou pra Casa
2. Saudade da Bahia
3. Bolinha de Papel
4. Samba de uma Nota So
5. Rosa Morena
6. Voce Vai Ver
7. Isto Aqui o Que E?
8. Este Seu Olhar
9. Preconceito
10. Pra Que Discuter com Madame
11. Eclipse
12. Wave
13. Que Rester-t-il de Nos Amour?
14. O Pato
15. Adeus America
16. Ave Maria no Morro
17. Desafinado
18. A Felicidade
19. Corcovado
20. Estate
21. Isaura
22. Ligia
23. De Conversa Comversa
24. As Tres da Manha
25. Chaga e Saudade

▼ ジョアン・ジルベルトの代表作、オススメ盤を紹介。