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第3回 ─ アメリカが生んだ偉大な詩人、ボブ・ディランが持つ〈言葉の魔力〉

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2004/08/05   15:00
更新
2004/08/05   19:34
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin’ on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ久保憲司氏の週間コラムがbounce.comに登場! 常に〈現場の人〉でありつづけるクボケンが、自身のロック観を日々の雑感と共に振り返ります。

2004年8月2日(月) BOB DYLAN『Blonde On Blonde』

  フジロックに行ってきました。毎年行っているけど、やっぱり楽しかったです。今年は3日通し券しかなかったことで沢山の人が不平を言っていたけど、3万6千円は安くないかい? 2日しか行けないとしても3万6千円の元は十分取れるのではないだろうか? 1日半でも。その日が雨で、帰る日が晴れていてもすねるなよ、仕方がないと思おうよ、それがロックじゃないかい? 。来年も3日間通し券だけで濃いロック・ファンと楽しく過ごしたいよ。でも多分ダメだろうな。なんでみんな思わないのかな、「2日間しかいけない、けど1日分ぐらいフジにくれてやろう」と。それぐらいのことをフジロック、SMASHはぼくたちにしてくれていると思うんだけど。

 先々週にルー・リードの歌詞に感動していると書きましたが、フジロックでルー・リードを見て、やっぱりその言葉の凄さに感動しました。始めは「もっと知っている曲をやれよ」と思ったけど、いつまでもルー・リードの言葉に耳を傾けていました。英語が100%分かればどれだけいいかと思いましたが……(今ぼくは一生懸命英語を勉強中です)。3曲目だったかな、〈シェイクスピアを超えるには、ジョイスを超えるには〉というルー・リードの歌声にぼくは思わず「あんた超えているよ」と叫んでいました。ルーが大学でデルモア・シュアルツに詩を学んだように、ぼくもどこかで詩を学びたいと思ってます。どこかにいい先生はいないのでしょうか。

 今週はそういうわけでアメリカが生んだもう一人の偉大な詩人、ボブ・ディランの『Blonde On Blonde』を聴きました。ルー・リードはボブ・ディランを嫌悪していました。なぜルー・リードがボブ・ディランを嫌っていたのか『Transformer』を聴いてよくわかっていた。ルー・リードの歌はすべて創作である。よく考えられた物語である。しかしボブ・ディランの歌、言葉にはドラッグが生む何とも言えないマジックが潜んでいる。まさにボブ・ディランの映画『Don't Look Back』のワン・シ-ン、初めてのミュージック・ビデオと言われる、曲に合わせてボブが紙に書かれた単語を投げ捨てていくというアートな映像。60年代のミュージシャンがこの『Blonde On Blonde』を何百回も聴いたというのがよくわかる。ここには言葉の魔力がある。意味はよく分かんないけど、英語はよく分かんなくても、心地よい単語の響きがまさにドラッグのように入ってくる。湧き出る言葉に合わせて曲も長くなった。ビートルズもボブ・ディランに感化されて3分間のポップ・ミュージックというフォーマットを捨て去った。そして言葉があふれすぎて『Blonde On Blonde』はロック史上初めてのダブル・アルバム(2枚組)となった。

 ボブ・ディランには見るものをすべて作品にしてしまう言葉の力がある。アンディ・ウォーホルの美しい取り巻き女性〈イーディ〉の薬箱を歌っただけの“Leopard-Skin Pill-Box Hat”がいい例だろう。ただのイーディの薬箱のことを歌っているだけなのに、何か深い意味があるような気がしてくる。ニルヴァーナの“Heart-Shaped Box”はカートがそれに挑戦した曲だと思う。コートニー・ラヴからプレゼントされたものを歌っただけ。カートにもそういう魔力があるよな。「お母さんが芝居を見にいくのでおばあちゃんちに預けられた、でもぼくが泣き叫ぶから、おばちゃんが家に連れ帰ってくれた」と歌う“Sliver”も歌詞を読まなければなんか凄そうだけど、これしか歌っていない。子供の作文、でもカートが歌うとすごい。いつボブ・ディランはこういうテクニックを見につけたのだろうか、1963年に出した『Freewheelin' Bob Dylan』に入っている“戦争の親玉(Masters Of War)”とかかな?

 『Transformer』のサウンドはヨーロッパ的だが『Blonde On Blonde』は実にアメリカ的である。マッスル・ショールズかナッシュビル(一緒?)の一流ミュージシャンを使い、歌の通り「ぶっ飛ばないとダメだ」とミュージシャンをぶっ飛ばして作ったアルバム。しかしその音は最高だ。フェンダー・アンプとフェンダーのエレキが生む、ハネたような、艶やかで、気持ちよくのびるサスティーン、そしてちょっと歪んだギター・カッティング。ドラムとパーカッションの音、ベース、そして、ディランの声、何もかもが気持ちいい。ディランが適当にギターを持って歌い、バッグ・ミュージシャンはすべて即興で音を合わせていく。音は不安で一杯かもしれない、でもこれぞ、アメリカの音だ。