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第56回 ─ 真の〈ナンバー1ロック・バンド〉、ローリング・ストーンズ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/02/23   16:00
更新
2006/02/23   22:21
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、来日公演にあわせて、3月16日にデッカ/ロンドン時代のカタログが一挙紙ジャケ再発されるローリング・ストーンズについて。

Rolling Stones『Let It Bleed』

  3月の紙ジャケ再発を前にして、ストーンズを聴き直してみたら見事にやられました。どれもいいんだけど、この連載ではデヴィッド・ベイリーの写真がむちゃくちゃかっこいいセカンド『12×5』を取り上げよう……と思いながらいろいろ聴いていたら、『Let It Bleed』のアルバムとしての完成度の方がグッときてしまい、結局こっちを取り上げることにしました。

  ストーンズのアルバムは、『Exile On Main Street』やライブ盤を除くと、〈ビートルズに比べて完成度にかける〉とずっと思っていて、シングル集を買えばそれでなんとなくいいだろうとナメていました。でも、聴き直してみるとぜんぜんそんなことはなかった。「いま、こんなアルバムを作る奴が出てきたらいいのに!」と思うほどです。

  一曲目“Gimme Shelter”には、いろんな空気が詰まっている。政治的不満、若さに対するフラストレーション……、そんな、言葉にならないいろいろな思いがぼくたちに突き刺さってくる。そして、次の曲はロバート・ジョンソンのカヴァー“Love In Vain”。このつながりのかっこよさだけで、ぼくは失神するくらい感動する。“Gimme Shelter”のパンクというか、時代の変化が生んだとしか思えない斬新なサウンドと“Love In Vain”のアコーステックな響きが見事に調和している。30年以上前の音楽も現在の音楽もたいした違いはないという驚きと、だからこそぼくたちはいまもロックン・ロールしなければならないのだろうという事実にショックを受けてしまう。

  〈あの娘を駅まで追いかけた スーツケースひとつ持って。 彼女は電車に乗って行った、だけど俺は行けなかった。電車が去った後には信号のライトが二つ見えた。青いライトが彼女で赤いライトが俺の心〉この挫折感、どうしようもなさ。でも、聴いているとなぜか元気になってくる。それがブルースなのだ。何十年も前にブルースの効用を教えてくれたのがストーンズのこの曲だった。続いて“Honky Tonk Woman”のカントリー・ヴァージョン“Country Honk”。ぼくは、ストーンズがもっと後の“Wild Horses”な頃、ヘロインでドロドロになった頃に、グラム・パーソンズらに導かれて、アメリカン・ミュージックを自分たちのものにしたと思っていた。けど、彼らはこの時期にはもう、完全にそのスタイルを作っている。

 お次はキースのベースがファンキーな“Live With Me”。この曲がパーティーでかかればぼくは踊り狂うだろう。そしてこれまたファンキーな“Let It Bleed”。ブサイクであるというだけでストーンズの正式メンバーになれなかったスチュことイアン・スチュアートのピアノが最高だ。

  “Midnight Rambler”はダンサブルな曲。ライブ盤『Get Yer Ya-ya's Out』の方が、この曲のシャッフルから8ビートになっていく展開のかっこよさがわかりやすいけど、スタジオ盤の方がドロっとした感じが出ている。60年代にドラッグをやっていた奴らは、ストーンズのコンサートでこの曲の、シャッフルから8ビートに変わる展開に狂喜乱舞したんだろう。続いては“You Got The Silver”。キースの息抜きな曲。でもこれがないと。そしてこれまたファンキーなナンバー“Monkey Man”。〈モンキーマン〉とはジャンキーのことだけど、ここで歌われているのは、〈俺はただのモンキーマン、お前もモンキーウーマンでうれしいぜ〉という素晴らしいラブ・ソング。

  最後の曲はぼくの人生の教訓“You Can't Always Get What You Want”。子供の頃、大阪のディスコで酔っぱらったオッサンの友達が「おいケンジこの曲の歌の意味わかるか」と言った。ぼくは英語なんか全然わからなかったから、「わからん」と答えた。「欲しいものは絶対手にはいらないかもしれない、でも努力すれば手に入るかもしれん、と歌っているんや」。〈You can't always get what you want. And if you try sometimes. You'll find You get what you need〉というリフレインは、何度聴いても英語のわからないぼくにはそうは聴こえなかったけど、ぼくは〈努力しなあかんねんな〉という言葉だけを頼りにいままで生きてきた。この言葉を教えてくれたおっちゃんはハッシシの固まりを丸ごと食って頭がおかしくなったけれど、ぼくはなんとかいまも生きている。ちょっと人生が嫌になることもあるけど、そういう時は〈if you try〉というフレーズが頭の中に流れてきてぼくを励ましてくれた。

  『Exile On Main Street』で、アメリカを自分たちのものにする旅は完成するんだろうと思っていたのに、その3年前に出た『Let It Bleed』で既にその旅が完成していることに今回びっくりした。この完成形の始まりはいつなんだろうと思って、さらに1年前の『Beggars Banquet』を聴いたらこれまた完全に完成していてびっくり。アルバムの構成がまるっきり一緒なのにもびっくり。初期のストーンズがあまり評価されていないのは、マネジャーのアンドリュー・オーダムが悪かったんじゃないだろうか。それにその頃はシングル時代だし、誰もアルバムに力を入れてなかった。そんな状況でとんでもないアルバムを作っていたビートルズが凄かったんだろうな。でも後期ビートルズと『Let It Bleed』、『Beggars Banquet』、『Exile On Main Street』を比べればストーンズの方が勝っているんじゃないだろうか。勝ち負けの問題じゃないと思うけど。昔のストーンズのコンサートのMCは〈ナンバー1ライブ・バンド〉というのから始まる。〈ナンバー1ロック・バンド〉と言わないのは、ビートルズがいたからだろう。でもぼくはいま、いいたい。〈あんたらが一番だ〉と。