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第67回 ─ 新世代のポップ・スター、リリー・アレンに受け継がれているもの

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/07/27   01:00
更新
2006/07/27   14:32
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、Myspace.comにアップロードした音源が話題となり、UKシングル・チャートNo.1を獲得するまでの人気を得た新世代歌姫、リリー・アレンのアルバムをご紹介。

Lily Allen 『Alright Still』

  ダウンロード販売だけでミリオンを記録したナールズ・バークレーの“Crazy”や、ティンバランドがプロデュースしたネリー・ファータドの“Man Eater”(マン・イーターって!)から新しいポップスをぼくは感じる。新しいといってもリアーナの“SOS”がソフト・セルの“Tainted Love”をアップ・テンポでサンプリングしたように、83年くらいのイギリスのポップス、後にMTV世代、ニュー・ブリテイッシュ・インベイジョンに感じていた新鮮さを感じるくらいなんだけれど。

  “Crazy”は恋を失った男のラブ・ソングだ。〈お前が出て行った時、俺はなんともないと思っていた。でも今は気が狂いそうだ。お前を取り戻すためなら頭がおかしいと思われるようなこともやってしまうかもしれない。そして俺は死ぬ〉なんて、むっちゃ泣けてしまう。“Tainted Love”はノーザン・ソウルの名曲のカヴァーだったけれど、“Crazy”もまたノーザン・ソウルな失恋の歌なのだ。イギリス人にとってノーザン・ソウルは演歌のようなもので、あの切なさがたまらないのだろう。ぼくもついグッときてしまう。

  カルチャー・クラブ、ヒューマン・リーグ、デペッシュ・モード、ABC……、アメリカの音楽業界はビートルズ旋風から20年近く経ってまたイギリスからの新しい音楽に完全に侵略された時期があった。これらのバンドはみんなパンクの精神を持っていた。それが重要だったのだ。パンクがスリー・コードさえ憶えれば表現できたように、彼らはプロのミュージシャンが使っているアメリカ製の高いシンセサイザーやリズムマシーンにヨダレをたらしながらも、日本製の安い電気楽器を使ってイエスやピンク・フロイドに負けない新しい音楽を作ったのだ。ナールズ・バークレー、ティンバランド、SOSのプロデュサーなどみんなアメリカのアーティストだけれど、MTV全盛期にこういった音楽の楽しさに触れてきた人たちなのではないだろうか。そして彼らの根本には新しい機材を使ってまだ誰も作ったことのない音楽を作ってやろうという精神が宿っているような気がする。

  朝、テレビを見ていたら突然プリテンダーズが出て来て、番組のテーマソングを演奏していた。その内容がポップ・ソングを装いながらも女性の自立、男なんていなくってもやっていけるという内容で感動してしまった。男に媚びるんじゃなく、男を手玉にとる。よく一般の人が、ゲイの人たちに人気のある女性と人気のない女性の違いがよく分からないと言うけれど、ゲイの人が〈ビッチ〉と言ってリスペクトする女性はこういう人たちなんだと思う。人間最後は一人で生きてかなくちゃないけないということに気づいているのはオカマなんですもの。なんてぼくがオカマ言葉になっても仕方がないんですが。

  その番組には、以前クリッシーを通訳した人がコメンテーターとして出演していた。司会が彼女に「クリッシーさん憶えてますか? この人昔はもっと綺麗だったからわからないかもしれませんが」と言ったら、「女性は年をとるほど綺麗になるんですよ」とビシっと返していた。さすが元祖ライオット・ガール。パンクとはあの頃の女性の自立のエネルギーにもなったのだ。もちろん、ゲイの人たちに対しても。

 Myspace.comにデモ・テープを流したことで一躍スターになったリリー・アレンからも、クリッシーと似たものを感じる(彼女のMyspaceページはこちら)。ストリーツなど、イギリスの本当のヒップホップ、グライムが彼女に本当のことを言う勇気を与えたのだろう。今のイギリスの女性の気持ちをイギリス人らしくニヒルとユーモアで歌っている。

  ヒット中のシングル曲“Smile”は、〈彼氏が隣に住んでいる女とデキてしまって、彼氏の身勝手で捨てられた。凄い寂しい思いをしたけど、何とか友達とかに助けられて、やっとふっ切れたと思ったら、彼氏がまた身勝手にもう一度よりを戻そうと言ってくる。で彼女は彼をふる〉という内容の曲だ。この曲のサビでは、〈あなたが泣いている姿を初めて見ると、笑ってしまうの〉と歌われている。かっこいい。でもまだちょっとその男を好きな感じが伝わってくる、切ない歌い方もいい。もしこの男がやっぱり君じゃなきゃいけないんだと必死に泣き叫んだら、またこの身勝手な男にいってしまいそうなのもいい。

  アメリカのピンクやブリちゃんみたいに〈私が私が!〉みたいな感じがないところもぼくは好感が持てる。長い階級社会の歴史が〈私は成り上がってやる〉ということにツバを吐きかけるのだ。自分の目線はいつまでたっても同じでいようとする。彼女のような新世代のポップ・スターたちは、コンピューターのハードディスクが壊れたらその音楽ごと忘れ去られていくのだろう。ニュー・ブリテイッシュ・インベンジョンのスターたちがビートルズのように何世代にも渡って愛されなかったように。でもその時代の精神が、こうして〈その音楽を聴いていた子供たち〉の世代で甦ったように、彼らの音楽もまたいずれ甦り、また次の世代へと受け継がれていくのだろう。