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第68回 ─ 自分の思いを新しい言葉に乗せ、世の中を変えようとするUKの弾き語りラッパー

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/08/10   19:00
更新
2006/08/10   23:18
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、SUMMER SONIC 06への出演が決まっているUKのアコギ・ラッパー、プランBをご紹介。

Plan B『Who Needs Actions When You Got Words』

   前回書いたリリー・アレンは、イギリスを代表するコメディアン、キース・アレンの娘らしい。そりゃ毒舌娘だわ。キース・アレンは、モンティ・パイソン、ヤング・ワンズに続く実にイギリス的なコメディアンだ。リリー・アレンが、ブログでダーティ・プリティ・シングスと元リヴァティーンズのカールが仲直りしたことについて、〈なんかあの人たち自分たちのことをインディー界の神かなんかと思ってない?〉と書いたことについて、NMEのインタビューで答えていた。「T・イン・パークでリハしてたら、ずっとカールがステージ前で見てるのよね。なんか言ってくるのかなと思ったけど、なにも言ってこない。あいつキモくない!?」と天下のカール様をキモ呼ばわりしていた。かっこいい。

  しかしぼくとしては、彼女はロンドンの下町娘だったらもっとよかった。アルバムの中の“Everything Just Wonderful”という曲では、〈何で私は幸せなフリをするんだろう、家も買えないとわかっているのに〉と切なく歌われている。若い人の将来に対する不安感が伝わってきていいなぁと思っていたけれど、リリー・アレンはおそらくマズウェル・ヒル辺りのお父さんが所有するフラット(マンション)に住んでいたはずだ。でも今回のヒットで自分の力で家を買えたと思う。えらいよ、リリーちゃん。

 でも本当にリリー・アレンが歌うように普通の仕事をしていたらロンドンでフラットなんか買えやしない。東京で4千万くらいのフラットが2億円くらいするのだ、たとえ築100年でも(笑)。まっ、そこがいいんだけど。ぼくがロンドンに住んでいた25年前は、3千万も出せばいいフラットが買えた。実はここ数年のうちに、ロンドンでは何万人もの億万長者が誕生している。イギリスでは日本以上の格差がもう何年も前から始まっているのだ。

  フジロックでクリブスが声を振り絞って〈何で俺は億万長者になれないんだ〉と歌っていたけれど、まさにその感じ。フジロックで見たイギリスの若手のバンドの熱い演奏にぼくはパンクを感じたけれど、それはイギリスが階級社会から格差社会になったからだと思う。そこに怒りを感じている若者達がたくさんいるのだろう。これまでは決して変わらない自分の階級をニヒルに笑ってこられたのに。でもこれから何年かすれば、イギリスからもっと面白くって新しいバンドがたくさん出てくるような気がする。

  サマーソニックで来日するプランBもまさにそんなアーティストの一人なのではないだろうか。ストリーツはコミカルに自分をラップするが、プランBはシリアスにイギリスの状況をラップする。プランBのライムは、アメリカの黒人もびっくりするくらい上手いのではないだろうか。エミネムより上手いかも。でも、プランBは50セントみたいにリアルにストリートを生きてきたわけではない。ナズのように、公団の窓からイギリスの現状をラップしているのだ。そしてその韻はディケンズ、ジョージ・オーエル、そして古くはシェークスピアの時代から、社会の出来事を言葉にしてきた国の人だけにナズよりも深く気持ちよいかもしれない。

  本人が弾くギターを、リズムとメロディにする所も新しい。アークティック・モンキーズの歌詞にラップが影響を与えているように、プランBもまさにそうした世代なのだ。10年以上前の話だがアメリカのラップを一番最初に自分たちのものにしたのはMCソラーなどのフランスのアーティストだった。ゴールディー・ルッキン・チェインのステージ・バックドロップに〈since 1983〉という文字が誇らしげに書かれていたように、イギリスの若者たちはヒップホップ創世記からヒップホップをどこの国よりも愛し応援してきた(それなのに、なぜ今までヒップホップがイギリスのメインストリームにならなかったんだろう……)。

  しかし、〈since 1983〉から23年経って本当にイギリスのヒップホップが熟成されようとしている。日本のヒップホップ・アーティストとファンよ、プランBを聴いてみてくれ。人に優しくとか、音楽が全てを変えるとかそんなのがヒップホップじゃないから。グランドマスター・フラッシュのラップは〈俺を押さないでくれ、俺はヤバいとこにいるんだから、このままいったら俺は俺を見失って、とんでもないことをしてしまう〉と、非常に暗かった。でもあれが79年のブロンクスからの〈メッセージ〉だったのだ。コカインをやるくらいしかない〈ホワイト・ライン〉から全てが始まったのだ。

 平等とか平和とか戦争反対とかそんな思想が世の中を変えるんじゃない。新しい言葉とその響きが世の中を変えるのだ。それがラップであり音楽なんじゃないだろうか。〈プランA〉とはたぶん普通に就職して、結婚して、上司に文句を言われ、家も買えない、でも生きていけるというアイデア。〈プランB〉とはこのCDジャケットに写っているように、猟銃で自分の頭をぶっ飛ばすこと。しかしその前にプランBはその思いを言葉として残そうとしたのだ。それがこのアルバム『Who Needs Actions When You Got Words』だ。