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第73回 ─ ロンドンはデンマーク・ストリートから誕生した最後のスター、リトル・バーリー

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2006/10/18   18:00
更新
2006/10/19   19:19
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、古き良きUKロックの輝きを感じさせるセカンド・アルバム『Stand Your Ground』をリリースしたリトル・バーリーについて。

Little Barrie 『Stand Your Ground』

  以前はモリッシー、現在はプライマル・スクリームのギタリストとしても活躍するバーリー・カドガン率いるリトル・バーリーのセカンド・アルバム『Stand Your Ground』がロッキンしていていい。脱退したメンバーの代わりに、今作ではブルース・エクスプロージョンのラッセル・シミンズが叩いていて、ラッセルならではのバック・ビートが気持ちいいです。ライブでは新メンバーのビリー・スキナーがアグレッシブでガレージなパワフル・ドラムを叩いていたそうです。

 前回書いたスミスで、北のバンドにはノーザン・ソウルの血が、ロンドンなどの南のバンドにはモッズの血を受け継ごうとする傾向があると書いて、まさにこのリトル・バーリーこそ、その最たるバンドだろうと書こうと思ったのですが、バーリー・カドガンはノッティンガム出身でした、残念。バンド自体はロンドンのカムデン・タウンで結成されたんだけれど。

  しかし、バーリー・カドガンはモリッシー、ボビーに認められるくらい趣味のいいギターを弾く。リトル・バーリーの演奏からはモッズ時代というか、なんだろう、ビートルズ、ストーンズ、ヤードバーズ、キンクス、フーなどのバンドが自分たちの腕一つで客を楽しませていた頃の熱が感じられる。昔ジミ・ヘンドリックスが突然ロンドンに現れた時、フーのピート・タウンゼントがそれまで一度も喋ったことのなかったエリック・クラプトンに電話して「映画でも見に行かないか?」と誘ったそうだ。映画が終わるまで一言も喋らなかったピートに対してエリックが〈なんなんだこいつは〉と思っていると、誰もいなくなった真っ暗な映画館で「ジミ・ヘンドリックス見たかい?」とピートが口を開いた。「ああ見たよ」と答えると、「このままだと俺たち失業するよな、どうする?」と言い出したのだそうだ。それくらい、当時のミュージシャンはぎりぎりの所で競いあっていたのだ。いい話じゃないか。こんな感じ今の時代にはないよな。

  リトル・バーリーの今作『Stand Your Ground』には、デビュー・アルバム『We Are Little Barrie』よりも、そんな時代の輝きがより一層感じられる。元オレンジ・ジュースのエドウィン・コリンズ(病気は大丈夫なのだろうか)がプロデュースした前作よりも今話題のプロデューサー、ダン・ジ・オートメーター(ゴリラズ、ギャラクティック)やマイク・ペランコーニ(リリー・アレン)がプロデュースしている今作の方がロックでシャープというのは不思議な感じもするけど。録音の空気感は今風でオシャレ。こういう、〈レイド・バックしているのに、どこかオシャレなロック・バンド〉が日本からも出て来たらかっこいいのに。

  前作でエドウィン・コリンズがリトル・バーリーをプロデュースしたきっかけは、バーリーが楽器屋でバイトしていた時に、お客さんとして来ていたエドウィンと知り合ったからだそうだ。バーリーはどこの店で働いていたんだろうか。デンマーク・ストリートの〈ヴィンテージ・アンド・レア・ギターズ〉だろうか? ロンドンでエドウィンが行きそうなヴィンテージの楽器屋って〈ヴィンテージ・アンド・レア・ギターズ〉くらいしかないような気がする。ヴィンテージにバーリーみたいな男前の店員さんがいたかもしれない。もしかすると、ぼくも接客してもらっていたのだろうか。

  もしみなさんが楽器に興味がなくても、ロンドンに行ったら、このギター・ショップがあるデンマーク・ストリートには行ってみてください。トテナム・コート・ロード駅のすぐ近くにある細い路地裏みたいな、端から端まで歩いても2分もかからない短い道なんですけど、60年代はここがロンドンの音楽ビジネスの中心地だったのです。多分60年代以前から音楽出版社がこの道にあったからだと思います。レコーディング・スタジオもあって、初期のストーンズやキンクスがかつてレコーディングをしていました。セックス・ピストルズのメンバーもこの道にあったフラットに転がりこんで住んでいました。

  今は楽器屋さんがたくさんあるだけのなんてことない道なんですけれど、ぼくは今でもこの道に立つととロンドンが音楽で燃えていた時代の空気を感じるんです。ロンドンには他にもそうした音楽に関係した道がたくさんあります。でも、この道からだけぼくはスピリチュアルな空気を感じるんです(ぼくはスピリチュアルがどうとかそういうの全く信じないんですけど、ここには何かあるような気がするんです)。いまだに音楽の神様がいるような気がするんですよね。

 デンマーク・ストリートからはもう一生スターは生まれないでしょう。今はそれくらい時代遅れな雰囲気の道なのです。おっとバーリーがいたか。チャック・ベリーの赤いギブソンを見て、自分の生きる道はこれだと思ったリトル・バーリーがきっとデンマーク・ストリートに関係した最後のスターになるでしょう。