こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

NEWS & COLUMN ニュース/記事

第86回 ─ 都市郊外の荒廃した風景を歌うアークティック・モンキーズ

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2007/05/02   12:00
更新
2007/05/02   16:47
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、英国全土を激震させるモンスター・バンド、アークティック・モンキーズのセカンド・アルバム『Favourite Worst Nightmare』について。

ARCTIC MONKEYS『Favourite Worst Nightmare』

  前回、マキシモ・パークのデビュー・アルバムのイメージは、アメリカの80年代を代表するコンテンポラリー・アーティストのロバート・ロンゴみたいでオシャレだったと書きました。で、今回のアークティック・モンキーズのデビュー・アルバムのイメージは、イギリスを代表するコンテンポラリー・アーティスト、ダミアン・ハーストみたいでかっこいい。ヴォーカルのアレックスの言葉数の多い言い回し方や、作品タイトルの付け方に似てる部分があると思う。CD盤のタバコの吸い殻の写真も、ダミアンの作品そのままだし。ダミアン・ハーストとか好きなの?と聞きたいけど、まだアレックスとは喋ったことがない。

  「Scummy Man」のDVDは買っていたんだけど、何となく見てなかった。それが音楽史に残る名作と評されるのなら、たぶんフラワード・アップの“Weekender”みたいな、イギリスの若者の気持ちを描いたようなものだろうと思っていたから。

  〈ハッピー・マンデーズへのロンドンからの返答〉とされたフラワード・アップのことは、ほとんどの人が知らないと思う。フラワード・アップのCDは、血眼になってでも探して聴いてくれとは言えないけど、“Weekender”のプロモ・クリップは見てほしい。「さらば青春の光」を10分くらいにまとめたような、エクスタシー世代の週末を描いた「トレインスポッティング」のアービン・ウォルシュの小説のような名クリップなので。

でも、新しく入ったベースのニックにインタビューした時、ニックもアレックスもジェイムズも映像のカレッジに行っていたと話していたのが気になり、最近になってようやく「Scummy Man」のDVDを見たんだけど、暗い。

  でもあれがイギリスなのだ。彼らの生まれ育ったシェフィールドなどの北の方はまさにあの感じである。出だしに間抜けマネージャーと売れないミュージシャンが出てきた時は、これはスレイドの名作「Slade In Flame」みたいなロック・サクセス映画かなと思ったんだけど、そのマネージャーがとんでもない〈Scummy Man(ゲス野郎)〉という。でもイギリスには本当にあんな奴がいるんだよ。日本でも、朝のニュースでやってるような変な事件を起こしているのはあんな奴らなのかもしれないが。

そしてヘロイン中毒になって売春婦になってしまった15歳の女の子が出てくる。ロンドンでも、昔はキングス・クロスの駅周辺に、あんな感じのタチンボの女の子がたくさんいた。彼女たちを見ていると本当に悲惨な気持ちになった。でも、もっとブルーになるのは、アークティック・モンキーズが歌うように、その子たちを立ち直らせようとせず、その子たちにお金を払って性の処理をしてもらっている奴らが普通にいるということだ。地獄のような底辺の世界が普通にあるのだ。

  アークティックのクリップによく出てくる郊外の高層の公団住宅、そこも本当に悲惨だ。エレベーターとか階段は普通にオシッコの匂いがしている。これはさすがに日本ではないよね。夜遅くに帰ってきたら、怖くってエレベーターなんか乗れない。でも海賊放送はそんな公団の10階の一室から頑張って放送したりしているのだ。アークティックの“View From The Afternoon”のクリップみたいな感じ。公団の広場の真ん中で何があってもドラムを叩き続けるあの少年みたいに。

日本も同じなのかもしれない。郊外は車に乗らないとどこにも行けない。どこかに行けたとしても、あるのは国道沿いの大きな会社がやっているチェーン店ばかり、日本中どこに行っても同じような店ばかり。大学にも行けなかった自分は将来そんな店で働くしかないのかと思ってしまう。ちょっと前に高円寺の古着屋で2ヶ月ほどバイトしたんだけど、中央線で3回人身事故があった。週3回、2ヶ月のバイトの間に3回も。

川内先生は森進一には心がこもってないからダメだと言うけど、本当に歌われなければならない歌を日本では誰も歌ってくれてないんじゃないだろうか? だからぼくたちは、アークティック・モンキーズを聴くのではないだろうか。英語だから何を歌っているのかよく分からない。でも彼らの歌からは伝わってくるものがあるのだ。アークティック・モンキーズのセカンド・アルバム、みなさんにはどう聞こえましたか? 「Scummy Man」のDVDが“When The Sun Goes Down”のイメージを広げていった作品だったように、毎日『Favourite Worst Nightmare』を聴いていると、徐々に色々な物語が広がっていきます。その世界は憧れのイギリスでも、羨ましいロック・スターの一日でもないけど、アレックスのような冷めた目で、ちょっと笑いながら、腐った世界を生き抜いていこうという勇気を与えてくれます。