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第87回 ─ パンク通過後のノイズを提示したスロッビング・グリッスル

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2007/05/17   22:00
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、実に25年ぶりのニュー・アルバム『Part Two The Endless Not』を先ごろリリースしたノイズ/インダストリアル・ミュージックの最重要バンド、スロッビング・グリッスルについて。

THROBBING GRISTLE『Part Two The Endless Not』

  ノイズである。今の人にノイズという音楽がどれほどの意味を持つのか分からないが、ぼくが17歳くらいの頃、25年前、ノイズはそれはそれはかっこいい音楽だったのだ。その頂点に君臨するのがTGことスロッビング・グリッスル(=勃起するチ○ポ)だった。TGがなぜかっこいいかというと、パンクを通過した現代音楽、ノイズだからである。

TGのジェネシス・P・オリッジが初めてパンク・シーンに登場するのは、ドン・レッツが監督した「PUNK ROCK MOVIE」だと思う。当時ドンが働いていたキングス・ロードのお店でナイフを振り回すジェネシス・P・オリッジ。その頃のパンクスにはない狂気がむちゃくちゃかっこいい。

  TGの音楽は肉体的なのである。ライヴ映像を見たらそれがよく分かると思うのだが、客が狂気に触れたように、モッシュし、うごめいている。ストラングラーズのジャン・ジャック・バーネルは、そういったものに影響されて、ジャーマン・エレクトロなソロ・アルバム『Euroman Cometh』を作った。


〈TGマーク〉があしらわれたスロッビング・グリッスルのアルバム『Second Annual Report』

  ジョイ・ディヴィジョンもTGに影響されていた。イアン・カーティスが自殺する前、最後に電話で喋った人物は、ジェネシス・P・オリッジと言われている。ジェネシス本人の談だけど。クラフトワークとイギー・ポップをミックスした音楽を作りたいと思っていたジョイ・ディヴィジョンの原型はTGに見出せる。しかし音以上に彼らが影響を受けたのは、TGのスタイリッシュさだ。オフィシャルサイトなどで写真を見てもらいたいんだけど、かっこいいんだよな。あのイナズマが光ったようなTGマークをバックに、〈気分は市街戦〉なスタイルに身を包み、機材もローランドのJCアンプで統一して、それはそれはかっこいい。音楽なんかいらないくらい。このスタイルだけで、色んな想像が浮かんで高揚する。

そして、TGは〈ミュージック・フロム・デス・ファクトリー〉というメッセージを掲げた。ジャケットには、イギリスで一番チープなスーパー・マーケット〈テスコ〉の写真を使ったりしていた。金持ちはセルフリッジ(日本の紀ノ国屋みたいな店)で健康な食品を買い、貧乏人はテスコで4つで100円のヨーグルトを買う。一個25円のヨーグルト!? 体に良いものなどが入っているわけない。階級闘争なのだ。彼らのシングルは迷彩色のビニールに入っていた。戦いなのだ。

ウィリアム・バロウズが提唱した情報戦争をTGは仕掛けようとしていた。彼らは民衆が蜂起するのを待っていた。もちろんそんなことが起こるわけはなく、彼らは〈ミッション・イズ・オーバー〉とだけ書かれた、お葬式の招待状のようなポストカードを自身のレーベル〈インダストリアル・レコード〉の会員たちに送り、アメリカのどこかの田舎で、その場で選んだようなヘビメタ・バンドを前座に据えて、一旦その活動を終えた。

  以前デリック・メイが、デトロイトで主催していたパーティー〈ミュージック・インスティテュート〉が終わる時、町中にばら撒いたんだというカードを見せてくれたんだけど、それがTGのカードと全く一緒で笑った。でも、そんな遠くにまでTGの思想が行き渡っていたのには感動したな。〈ミュージック・インスティテュート〉というのもTGぽい名前だな。

25年ぶりの復活作は、録音がいいTGという感じで面白かった。テクノもちゃんと通過しているし。ジェネシスもヴォーカルが上手くなっていてびっくり。歌ものの曲は、今までで一番完成されているかも。というか、ジェネシスは性転換して女性になっているんだっけ? 現在の現代アートの一番の題材であるジェンダーをやっているわけなんだけど、でもやっぱ凄いよな。

  この後TGは、デレク・ジャーマンのためのメモリアル・コンサートをテイト・モダーン(ロンドンの美術館)でやるんだよな。ちょっと見たいな。デレクがお金がなくて困っていると聞いたジェネシスは、タクシーでデレクの家に行き、お金だけ渡してさっそうと帰っていった、といういい話もあるんだよ。ジェネシスとコージーの古巣であるICAギャラリーで見るのもいい。これは録音されるらしい。10月に開催されるフリーズ・アート・フェアでのライブも凄そうだ。TG、やっぱり体験したいな。

  ドン・レッツのDVD「PUNK:ATTITUDE」でヘンリー・ロリンズが「パンクについて知りたい? ここに座れ、俺がゆっくり教えてやる」と言う名場面があるけど、まさにぼくもその気持ちなのだ。ノイズについて知りたい? ……本当はもっと書きたいけど、今日はこの辺で。