こんにちは、ゲスト

ショッピングカート

NEWS & COLUMN ニュース/記事

第92回 ─ レイヴの時代を甦らせるピーター・フックのミックスCD

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2007/07/26   21:00
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、ニュー・オーダーの解散騒動でも話題を振りまいた(?)ピーター・フック監修による、マンチェ時代の伝説的クラブ〈ハシエンダ〉のミックスCD『THE HACIENDA CLASSICS VOL.1 compiled by PETER HOOK』について。

『THE HACIENDA CLASSICS VOL.1 compiled by PETER HOOK』

  昔、横尾忠則先生が、初めてフィルモア(ロック黄金期の伝説的ライヴ・ハウス)にジミ・ヘンドリックス(だったような)を見に行ったエッセイを書いておられて、それが実にサイケデリックというか、サマー・オブ・ラブのことを上手く書かれているなと思った。どの文庫だったか忘れましたが、横尾先生のエッセイはどれも面白いんでチェックしてみてください。

先生がアシッドをやっていたかどうか分からないのですが、フィルモアをコクーン(繭)に入っていく感じがする、入ると500万光年の彼方でジミ・ヘンドリックスがギターを弾いていて、右も左も分からなくなって、でも不安はなく、コクーンの中で観客はひとつになって守られている感じがする……というように書かれていた。68年とか69年の遠い遠い昔に、サマー・オブ・ラブを体験していた日本人がいたというのには正直感動させられました。

フィルモアのオーナー、ビル・グラハムも「フィルモアはシェルターみたいだった。そこに入ればみんなが安全だと思えた。そういう場所を俺たちは作ろうとした」とよく語っていました。

ハシエンダに代表されるような、セカンド・サマー・オブ・ラブ時代のクラブ、レイヴに行くのもそんな感じだった。

  日本だと昔の新宿リキッドルームの、エレベーターに乗った時のあの感じと似ているのかもしれない。新宿リキッドは普段なら、あの7階のフロアに続く階段を登らされるんだけど、遅い時間に行くとエレベーターを使える。エレベーターに乗ると、ドン、ドン、ドンというバスドラと、チッ、チッ、チッというハイハットの音が遠くの方で鳴っている。この音を聞くだけで、高揚感がわき上がる。7階に着いてエレベーターのドアが開くと、その音はもっと大きくなる。何人かの人がお金を払うために並んでいる。その向こうには何十人もの人がロビーで楽しそうに喋っている。早くお金を払ってフロアに行きたいと思う。3000円というお金を払えば自由が待っているような気がする。たくさんの人をかき分け、フロアに行く。そこには巨大スクリーンと1000人以上の人たちが。思わず「オーッ」と叫びたくなる、そして、俺は自由だと思う。

ハッハッ。3000円払って自由? たくさんの人が一緒に集まって自由? 笑っちゃうけど、そういう時代があったのだ。映画「バベル」で描かれていたように、今のクラブはもっとダークな感じなのかもしれない。

サマー・オブ・ラブ、セカンド・サマー・オブ・ラブの理想は夢だった。夢はいつまでも続かない。横尾先生が書かれたように、ドラッグをやっていれば方向感覚を失うのは当たり前。でもそんな時、自分がどこにいて、何をしているのかというのを不思議と思い出させてくれるのは、人の顔なのだ。あ、1時間前にこの人の顔を見たぞ、おれは今この辺にいるのかと。そういうのが一体感を生んでいたのかもしれない。

  元々こういうドラッグは、医者などの上流階級の人たちの密かな遊びとして浸透していたみたいだ。ビートルズのジョンとジョージが初めてアシッドをやったのも、とある歯医者の食事会に呼ばれた時だった。歯医者が勝手に食後のお茶にアシッドを入れたのだ。歯医者はジョンの奥さんや、ジョージの彼女と乱交パーティをしたいと思っていたみたいで、そういうのが嫌だったジョンとジョージは帰ってしまうのだが、その後でアシッドの幻覚が襲ってきて大変なことになったそうだ。

そんな上流社会だけで流通していたドラッグが、ウッドストックに何十万人、その後ワイト島に50万人、そしてラブ・パレードに100万人を集めるまでのムーブメントになったのだから不思議だ。

このピーター・フックのミックスCDは、まさにそんな時代、セカンド・サマー・オブ・ラブの始まりの音楽を見事に現代に甦らせてくれる。この時代、これらの曲はこんなに速くなかったよな。当時、これらの曲はBPM120以下だったと思う。このCDでは、実に〈今〉な126BPMで聞かせてくれる。

  でもやっぱり感動させられるのはハシエンダのお客さんの歓声なのだ。人によってはドラッグが作る声だ、いや、音楽が凄いからこんな歓声をあげるのだ、と色々だろう。でもぼくはやっぱり、それを作るのは人だったと思う。上流階級の人たちは、自分たちだけでこのドラッグを、音楽を消費していた。でも、それが支配される側の人たちに渡った時、それは革命と呼ぶに相応しい文化になったんだと思う。

◆クボケン氏、個人ブログをスタート!
ブログ〈ロック千夜一夜 番外編〉