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第95回 ─ スーパー・ファーリー・アニマルズに思う、コレクターとロックの関係

連載
久保憲司のロック千夜一夜
公開
2007/09/06   19:00
テキスト
文/久保 憲司

『NME』『MELODY MARKER』『Rockin' on』『CROSSBEAT』など、国内外問わず数多くの音楽誌でロック・フォトグラファーとして活躍、さらにロック・ジャーナリストとしての顔も持つ〈現場の人〉久保憲司氏が、ロック名盤を自身の体験と共に振り返る隔週コラム。今回は、スーパー・ファーリー・アニマルズの新作『Hey Venus!』と、サイケデリック・ガレージを愛する英国のコレクター文化についての考察です。


ウィル・バーチ著〈パブ・ロック革命〉。残念ながら現在品切れ

  ウィル・バーチの〈パブ・ロック革命〉(シンコーミュージック刊)という本がかっこいい。パンク前夜というか、イギリスのヒッピー文化の挫折が、どのようにパンクというエナジーを生んだかという流れがビシバシ伝わってくるようで、読んでいると「ウォーッ」と叫びたくなる。

この本、グラストンベリー・フェスティバルから物語が始まるところが凄いと思う。グラストンべリーは70年に始まって、2年で一度挫折するんだけど、それはヒッピーで儲けようとしていた奴の犠牲になったんだ、という視点が素晴らしい。

  そのヒッピーで儲けようとしていた仕掛け人がその後に仕組んだのが、あのニック・ロウが在籍していたブリンズリー・シュウォーツの大々的なデビュー・プロモーション。イギリスのメディアとファンを200人ほどアメリカに連れていって、当地でのデビュー・ライブを行うという、一昔前の日本でもよくやっていたようなこと。もちろんこれも失敗する。

こんな事件で痛い目にあった人たちが、ドゥ・イット・ユアセルフの精神でインディ・レーベルの先駆けであるスティッフ・レコードを始めていったという感じにわくわくさせられるのだ。

  でもこの本を読んでいて一番凄いなと思ったのは、あのダムドのファースト・アルバムに、エディ&ザ・ホットロッズの写真をわざとミス・プリントしたという話。こういうエラー・レコードはコレクター・アイテムになるだろうと考えて、初回プレスの2,000枚をわざとミス・プリントにしたらしい。そして笑うのは、そのうちの500枚はスティッフのオーナーが隠し持っていて、値が上がったら売ろうと思っていたんだって。凄くない? でもシャレてるよね。

こんな風にして儲けようとしたオーナーも凄いけど、ぼくが一番驚くのは、77年にそれだけのコレクターがいたという事実だ。彼らがいたからパンクは成立したんだと思う。金儲けをしようとする奴らが作るマボロシじゃなくて、自分たちが信じる音楽にかける熱意。それはオタク的で、一見あんまりロックとは関係ないように思えるけど、でもこうした人たちのエネルギーがロックの底辺を支え、パンクという火を燃え上がらせたんだとぼくは思うのだ。

  そんなオタクな人たちが、最も血眼になって探しているのがサイケデリック・ガレージのレコードなのだ。ダムドのファースト・アルバムに、メンバーであるキャプテン・センシブルの趣味が〈サイケデリック〉と書かれていて、昔はそれがどういう意味なのか全然分からなかったんだけど、今はよく分かる。それはサイケデリック・ガレージのシングルを集めることなんだと。DJシャドウも「レア・グルーヴのシングルは全部集めたから、次はサイケデリック・ガレージものを集めだしている」と言っていた。レア・グルーヴっていうのも元々はコレクターのもんだよな。

  日本にいるとサイケデリック・ガレージの重要さが分かりにくいかもしれないけど、イギリスでは本当に重要なのだ。かの有名なレーベル、クリエイションも、その名前は、伝説的なサイケデリック・ガレージ・バンドから取っている。レーベル主宰のアラン・マッギーが理想とするバンドだったからだ。クリエイションから登場したオアシスも、よく聴けばサイケデリックとパンクが混ぜ合わさったバンド、まさにアラン・マッギーが理想としていたバンドじゃないか。そして、そんなバンドがイギリスいちのバンドになったのだ。

  スーパー・ファーリー・アニマルズを支えているのは、まさにそんなイギリスの〈オタク〉な精神なんじゃないだろうか。パンク以前から流れている精神、 彼らはずっとそれを歌い続けようとしているんじゃないだろうか。彼らの音楽は、〈ポップでヘンテコ〉なんて言われるものじゃなくて、イギリスの若者たちがずっと受け継いできた、サイケデリック・ガレージを愛するコレクター文化の象徴なのかもしれない。

日本の音楽も、そういう文化の中にちょっとずつ入って来ているような気がする。「BOREDOMSいいよね」とか言われる感じで。バトルスが「ASA-CHANGいいよね」とか言うように、それは普通のメディアは紹介せず、何十年も掃除してないような汚いレコード屋の片隅でしか話題にされないものなのかもしれない。でもそこでコレクションされていく音楽たちが、また新しい炎を燃え上がらせるのだ。